東東京新酒場 Vol.1

森下「RHYTHM & BETTERPRESS」

酒場巡りをこよなく愛する東東京在住のライター/エディターが、下町の新たなアイコンになるであろうニュー・ウェイブ酒場を紹介していく飲み歩きコラム「東東京新酒場」。

6.18, 2018

ライター/エディター:宮内 健
  • food&liquor
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立ち飲みできる活版印刷屋が近所にオープンしたらしい──東東京界隈の呑ん兵衛の間で噂が飛び交ったのは、春の足音が近づく2月末のこと。開店してからまだ4ヶ月も経っていない「RHYTHM & BETTERPRESS」だが、早くも森下の町を彩る、かけがえのない存在のひとつになっている。

昼間は印刷工場として稼働し、夕方5時から酒場に変わる「RHYTHM & BETTERPRESS」には、僕も開店直後から通い詰めている。 瓶ビールで喉を潤してから、スパイスの風味が立ったカレー(のルーだけ)や「からあげの油琳ソースがけ」あたりをアテに、気がつけばバイスサワーを何回もおかわりしてたりして。心地良い音楽に浸りながら、この店でぼんやり過ごすひとときは、今や僕の生活リズムに欠かせない時間となった。

「RHYTHM & BETTERPRESS」には若い女性から近所のおじいちゃんまで、様々な世代が集う。ある人は音楽に反応してゆったりと揺れていたり。ある人はヴィンテージの活版印刷機を眺めながら、印刷や出版に対する思い入れを熱っぽく語ったり。そんなさまざまな反応を、印刷屋の二人はカウンターの向こうから嬉しそうに眺めている。

ひげとメガネの工場長こと宍戸祐樹さんと、笑顔も爽やかなイケメン佐藤俊介さんは、もともと同じ印刷会社で働いていた。活版や浮き出し、箔押しなどの特殊印刷を扱う小さな工房を任されていた二人は、仕事終わりにコンビニでビールや缶チューハイを買ってきては、印刷機械に囲まれた作業場に好きな音楽を流して、(将来の夢や仕事の愚痴なんかを肴にしつつ)語り合いながら酒を飲む時間が至福の楽しみだったという。

「以前『スペクテイター』や『ポパイ』でポートランドが特集されてたことがあって。そこに出てくる現地の印刷工がカッコよかったんですよね。俺らも印刷屋なのに、なんだこの差は?って(笑)」(佐藤)

「海外の印刷屋は外から機械が見えるようにして印刷してたり、店自体が発信をしてる印象があって。だけど日本の印刷屋の町工場って、すりガラスの扉で中が見えないから、どんなことやってるのかもわからない。そういう入りづらさを取っ払うためにはどうしたらいいか? だったら印刷屋を飲み屋にすればいいじゃないかって考えたんです。お酒を飲みつつ『この機械なんですか?』って聞いてくれるだろうし、そこから活版印刷にも興味持ってもらえたらいいかなと」(宍戸)

知り合いの業者のツテで、70年代後半に製造されたハイデルベルグの活版印刷機を格安で入手したことで、「立ち飲みできる活版印刷屋」の夢が一気に現実となっていく。東東京が盛り上がってると耳にして、蔵前や清澄白河あたりの物件を探したが、辿り着いたのは森下。「山利喜」「稲垣」「魚三酒場」「三徳」といった名酒場も多い下町風情の残るこの町は、偶然にも印刷工場や製本工場が点在するエリアでもあった。

店内は大きな印刷機が大半のスペースを占領し、残りが立ち飲みエリアとなる。

アナログプレーヤーからは、音楽好きの二人が持ち寄ったジャンプブルース、スカ、レゲエ、ソウル、ファンク、AORなどのレコードが会話の邪魔にならない程良い音量で流れる。

 

ビールは赤星とハートランド、金宮焼酎に割り材はコダマサワー……と、呑ん兵衛のツボを押さえたラインナップ。ここでクラフトビールとか置かないあたりが、彼ららしさというか。

 

「それ置いちゃうと、いろいろ勉強しなきゃいけないじゃないですか(笑)。それにカッコつけるのも、自分らには向いてないですから」(宍戸)

料理はカフェやカレーショップで勤務経験のある宍戸さんが担当。ハムカツや目玉焼き、マカロニサラダといった定番から、「冷やっこジェノベーゼソースがけ」のようなちょっと洒落た一品、さらにはナポリタンやオムカレーなど食事メニューもあったりと、使い勝手も抜群だ。

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「一応、選択肢はいろいろ用意しておこうかと。値段もそこまで高くないので、気軽に来てもらって瓶ビール1本飲んで帰るとかも全然OK。赤ちゃん抱っこしながら飲みに来るお父さんとかもいたりして、そういう感覚がすごくいいんですよね」(宍戸)

ちなみに、宍戸さんも佐藤さんも性根はかなりの人見知りなのだとか。

 

「だけど、森下の人たちはみんなめちゃくちゃ優しくて。これが他の土地だったら、冷たかったりするんだろうし、近所のお店や住んでる方に挨拶へ行っても、その時だけで関係が終わってしまったりしそうじゃないですか。だけど、森下の人たちはみんな受け入れてくれるばかりか、『ここに宣伝に行ったほうがいい』とかアドバイスまでしてくれるんですよ。そのうえ、店にいっぱい知り合いを連れてきてくれたりして。まだオープンしてから時間が経ってないのに、すごく親しくなって。それに音楽が好きで、お酒も好きで、印刷にも興味がある人たちも多くて。森下にそんなイメージなかったけど、今はこの町に店を出して本当によかったなって思ってます」(佐藤)

ここ最近は、SNSでこの店の存在を知って遠方から訪れる客も増えてきた。しかし、印刷屋の二人が醸すムードはオープン当初からまったく変わらない。それはまるで仕事終わりの印刷工房で好きな音楽を流しては、あーだこーだ語り合いながら缶ビールを飲んでた時の延長、みたいな。その自由な雰囲気に、訪れた人たちも自由気ままに混ざりあっていくような気楽さが、この店の最大の魅力なのかもしれない。

 


▽東東京新酒場

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Profile

  • 宮内 健ライター/エディター

    音楽誌『bounce』『ramblin’』編集長や、東京スカパラダイスオーケストラ、EGO-WRAPPIN’の書籍編集を歴任。現在は、『TAP the POP』『ミュージック・マガジン』をはじめとする音楽関連の編集・執筆のみならず、『dancyu』『メシ通』などで食や酒場に関する記事も多く執筆している。

Information

  • RHYTHM & BETTERPRESS

    東京都墨田区千歳3-4-8直井ビル1階

    営業時間 :

    【活版印刷】9:00~16:00

    【立ち呑み】17:00~21:30(L.O.)

    【定休日】日曜・祝日 

    URL:https://randbpress.com/