Hey!凡な日々Vol.8

プラカードを8時間持ったことはありますか?
僕はあります。
世の中お金だと思いますか?
僕はよく分かりません。

4.3, 2019

ハガキ職人:落合のダッチワイフ
  • essay
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「お金」というのは絶対的に必要なものだと思う。好きな服を買うために、好きな異性に振り向いてもらうために、ある時は信頼を得るために。とにかく何にせよ、何かを欲した時、お金は強力な武器となる。「世の中お金じゃないんです。」それも分かる。僕も同じ意見だ。しかし、お金を持つことで、この台詞に欠ける説得力が増してしまうことも事実だと思う。僕は「お金」という武器を全て捨て、丸腰の状態で社会という名の戦場に出たことがある。URBAN TUBE に何も関係がないじゃないかと思うが、このサイトは、

“世界中の暮らしや文化を「ぐるりとつなぐ」アーバンリサーチがプロデュースする「リサーチ」することにこだわったメディアサイト”

だと書いてあった。だとすれば僕のしていた暮らしや、これまでに見てきた社会もまた世界中の一部であり、それを繋ぐために知ってもらうための文章を書けば、そこまでURBAN TUBEの目的に反してはいないのではないかと思う。偉そうに言ったものの、結局書きたかった事を成立させるためのこじつけではある。

(仕事を辞め、真昼間から友達の家に転がり込んでいた時の写真。最高だった。脱ぎ捨てたスーツが見切れているが、当時一緒に暮らしていた母親に、仕事を辞めた事を黙っていたので、行ってきますとスーツで友人宅へ出勤していたのだ。懐かしい。)

ッシャアってことで、僕が身をもって無自覚にも結果的にリサーチしていた事になっていたのは「プラカード持ち」という仕事である。

 

話は数年前に遡る。

 

僕は新卒二ヶ月で仕事を辞めてから、すっかり働くことを忘れてしまっていた。初夏に仕事を辞めたはずなのに、季節は夏の形跡を残しながら秋へと移り変わろうとしていた。有給の全てを使い果たし、新卒祝いで母親に貰った数十万の財布、家宝のPS4、そのためのテレビに伴うブルーレイディスクレコーダー、電子レンジ、ドライヤーを売った金で生活していた。財布を売るのが一番きついかと思いきや、振り返るとドライヤーのない生活が群を抜いてきつかった。髪が中々乾かないというのはあまりにも虚しく、貧乏だということを自覚せずにはいられなかった。明日若干生きていくのが厳しいなという頃、やっとこさ重い腰が上がった。「ものすごい速さでお金が手元に欲しい」というあまりにも人間らしい希望的観測と志望動機が通じるのは、短期バイトだけだった。

 

その中でも圧倒的に楽なのものがいいと、派遣サイトを掘りに掘った結果「プラカード持ち」という仕事に出会った。車に乗っている時、交差点で「モデルルーム、次の信号曲がって右」と書かれた看板を持っている大人を見たことがあるのではないだろうか。

 

応募すると、早速メールが返ってきた。そこには、

“朝9時二子玉川駅にスーツで集合。落合さんの他にもう一人プラカードを持つ方がいるので、その方と一緒に派遣会社の人が来るのを待っていて下さい”

と書かれていた。ただ看板を持って座っていればいいとその時は思っていた。だが、実際は想像以上に過酷なものだった。久々にスーツを着た。サラリーマンを辞めた時、二度とスーツなど着るものかと息巻いていた自分を思い出し、現実の厳しさを勝手に痛感した。冬になる前に仕事を辞めてしまったので、コートを持っているはずもなく、時折吹く冷たい風が少し気になった。

 

8時50分に二子玉川駅に着いた。まず、僕と一緒にプラカードを持つ男性を探さなくてはならない。その日は日曜日だったので改札前には人がごった返していて、改札から少し離れた所におっさんが立っていた。家族連れやカップルが行き来する中、一人「労働」のニオイを身に纏いながらジッと地面を眺めている。恐らく彼だろう。彼に違いない。二子玉川駅で、スーツを着ているのは僕と彼だけなのだから。

 

すいませんと声をかけると、おっさんは、ああ、と言った感じで、宜しくお願いしますと言った。中肉中背で肌が浅黒く「THEおっさん」といった感じの人だった。派遣会社の人が来るまで、おっさんは間を埋めるように色々話しかけてくれた。優しい人だなと思った。

 

が、そのうち間が持たなくなってきた。いつまで経っても派遣会社の人が来ない。前日に届いたメールには、9時に二子玉川駅に集合で、10時から二子玉川駅から徒歩5分圏内の所でプラカードを持つと書いてあった。時刻は9時15分を過ぎようとしていた。おっさんは、おかしいですねと言うばかりで特に何かをする訳でもない。お前のそうゆう所が結果的にプラカードを持つことと繋がってきてるんじゃないか?と思いながら、僕は派遣会社の人に電話をかけた。

 

誰も来ないという旨を伝えると、今から送るメールに書いてある場所に早く向かってくれという怒号が飛んできた。あまりにも理不尽だ。指定された通りに動いたのにも関わらず、何故怒られなくてはならないのか。しんどい。あまりにもしんどいと思った。そして、悲しくなる。理不尽な目にあったことがではない。理不尽なことをされたと腹を立てている自分が、あまりにも虚しかったからだ。隣ではおっさんがまあまあと僕をなだめている。父親と母親に手を引かれ、はしゃぐ少年を見て何故か胸が痛くなった。冷たい風が吹いて、おっさんは寒いねと言った。そうですね、と答えた。

 

送られてきたメールには、二子玉川駅からバスで20分、そこから徒歩15分の所にある不動産屋へ行って、プラカードを取ってくるようにと書いてあった。

驚きである。二子玉川駅にてプラカードを持つ、という仕事だと認識していたのだが、まず、プラカードを取りに行かなくてはならないというのだ。

 

「プラカードを持つためには、プラカードを取りに行かなくてはならない」

 

これは派遣会社のあの西田さんに「プラカード持ちは君の天職だよ」とまで言わせた、プラカード持ち歴3ヶ月目の僕が吐いた台詞である。そして、この名言は以下のように続く

 

「プラカードを手にしたくば、何かを一つ捨てよ。そう、例えば往復の交通費とかな!!!」

 

である。そう、プラカードを取りに行くのも終業後それを返却しに行くのも自腹なのである。計840円。プラカード持ち1時間分の給与に匹敵する。その時、手持ちが1000円しかなかった僕は、お昼に食べようと思っていたハンバーガー代を交通費にあてることにした。無念。

 

不動産屋に着いた。大遅刻だ。派遣会社の人が来なかったり、途中道に迷ったり、コンビニの喫煙所でおっさんとずっとお喋りをしていたらかなり遅れてしまったのだ。僕はこの時すでにおっさんとかなり仲良くなっていた。コンビニでタバコを吸っている時、タバコを吸わないおっさんはずっと僕に話しかけてくれて、彼の人柄の良さに僕は心を開いた。

 

不動産屋はマンションの一室にあるので、インターホンを鳴らしてプラカードをお借りしなくてはならなかった。

 

道中でおっさんがベテランプラカード持ち師だということが判明したので、ここは一丁親方にインターホンを鳴らしてもらおうと思い、おっさんに視線をやると彼は静止していた。動かないというよりも、その場で完全に気配を消そうとしている感じだった。

 

あの、インターホン、と言うと、いいよ、押そう、押そうと言って、彼はまた気配を消す。頑なに玄関から動かないので、僕が代わりにインターホンを鳴らすと応答がなく、少ししてから綺麗なお姉さんが玄関に下りてきた。

 

お疲れ様です、というと、お姉さんはコンクリートにへばりついているガムを見るような目で僕等をチラ見し、そのままどこかへと向かっていった。プログラムされたRPGのキャラクターのようにくっ付いていくと、自転車置き場に到着し、これですと床にバーーーンとプラカードを置かれ、そのままどこかへと消えてしまった。

 

あまりにもきつかった。汚いから近づかないでください、と言われたような感触があった。僕は今一般的な女性の目線から見て、向こう側なんだなと自覚した。地面に横たわっているプラカードを眺めた後、おっさんにキツイっすねというと、おっさんは持ちましょうと言ってプラカードを担いだ。後から分かった事なのだが、どうやら派遣会社というのは不動産屋に頭が上がらないらしい。遅刻している段階でおっさんはかなり厳しい対応をされるということが分かっていて、気配を消していたのだ。汚ねえ。

 

それにしてもプラカードがデカい。2メートルはあった。かなり重い。これを担いでバス停まで15分歩くのは結構大変なことだった。そして何よりもキツかったのは巨大プラカードを持ってバスに乗らなくてはならないということだった。運転手も乗客も迷惑そうな顔をしていた。向けられているのはどれも白い目だ。その白い目でおっさんと同じだと括られることが、ものすごく恥ずかしかった。耐えられなくて、すいませんすいませんと言いながら、ずっと外を見ていた。行きよりずっと長い道のりだった。

 

僕は高級百貨店の目の前でプラカード持つように指定された。注意事項として言われていたのは、絶対に百貨店の敷地内に入ってはいけないということだった。なので、僕は敷地内のギリギリの外に立っていた。あとは7時間30分立ち続けるだけだ。友人に重い石でも出来る仕事だと言われたことがあるが、それは大きな間違いである。考えてみて欲しい。重い石がどうやってプラカードを取りに行くのかってね。

 

最初はキツイかなと思ったが僕には向いているらしく、行き交う人を眺めたり、考え事をしているとあっという間に時間が過ぎていった。案外楽勝だなと思っていると、突然のゲリラ豪雨。重力に対しあまりにも素直な大粒の雨が、僕の身体を目がけ落下してきた。反対側でプラカードを持っているおっさんを見ると、リュックからカッパを取り出していた。流石、親方といったところか。

 

ずぶ濡れだ。一歩でも後ろに下がれば雨に打たれずに済む。が、敷地内に入ってはいけない。敷地内の人達は、僕の1メートル後ろで雨宿りをしている。おっさんが近づいてきた。何だろうと耳を傾けると、休憩入るね、と言ってどこかへ消えて行ってしまった。雨に打たれながら彼のことを考えた。健やかではないなと思った。

 

 

どこからか可哀想という声が聞こえて、誰かに会いたくなった。二度と忘れないだろう。敷地内と敷地外の差は、雨に濡れているのか、いないのかということ以外でも、あらゆることを表していた。確か僕はあの時、お金がいると思った記憶がある。

 

仕事が終わった後、友達が二子玉川駅に迎えに来てくれた。

ずぶ濡れの僕を見て笑った。金じゃねえとも確信した。

 


 

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Profile

  • 落合のダッチワイフハガキ職人

    「お笑い芸人になりたい」と思い、新卒2ヶ月で勤めていた銀行を退社。
    プールサイドというコンビ名で活動中。
    毎週日曜21時からインターネットラジオ「プールサイドの25Mラジオ」を生放送中。趣味はラジオ投稿。
    現在はコンビニでバイトをしながら。日々の生活を楽しんでいる。