Hey!凡な日々Vol.13

ありとあらゆる所からの視線。
僕は、トゥルーマン症になった。

6.17, 2019

ハガキ職人:落合のダッチワイフ
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トゥルーマン症という名の病気

トゥルーマン・ショーという映画が好きだ。

 

本当にざっくりとしたあらすじを説明すると、主人公はジムキャリー扮するトゥルーマンという男。

 

トゥルーマンはいつも街の人々に「おはよう!もし会えなかった時のために、こんにちは、こんばんは。」という挨拶をする。挨拶を一遍にやってしまおう的なギャグである。そんなひょうきんかつ愛すべき彼が生まれ育った小島は、実は巨大なドームで出来ていて、そこで暮らす人々は全て役者であり、トゥルーマンの人生は世界中に放送されていたのだった。それに気がつき始めたトゥルーマンが云々って感じの話である。

 

僕がこの映画が好きな理由は、トゥルーマンに共感してしまうからである。人柄や、心情に共感している訳ではない。「いつ何時でもカメラで撮られている」ように感じる。という点に共感するのである。

 

実は僕も大学2年生の時から大学3年生までの1年間、僕の生活の一部始終を撮影、録音されていた時期がある。トゥルーマンとほとんど同じだったのである。唯一違う点を挙げるとすれば、トゥルーマンは本当にテレビで放送されていて、僕の場合は全て僕の妄想であったという点だ。
が、トゥルーマン・ショーも映画であり、こんな野暮なことは言いたくないけども、結局作り話なのである。そう考えると僕の妄想と違わない訳なのだ。
あの1年間、僕は何かしらの病に侵されていたと思う。

 

トゥルーマン症と名付けよう。

 

たまに歯を磨く生活

トゥルーマン症が発症したのは、大学2年の夏頃だったと思う。
当時住んでいた部屋は、全ての窓に強風避けのシャッターが付いていた。「真夜中の商店街」というワードを聞いた時に頭の中に浮かんでくる、あの「シャッター」くらい頑丈なものだった。このシャッターに穴が開く時は、家そのものが吹き飛ぶ時だなって思ったくらい、とにかく頑丈なシャッターだったのだ。シャッターを閉めると完全に外の光が入らなくなる。

 

 

その頃僕はラジオを朝5時まで毎日聞いていた。
ラジオを聞いた後、真っ暗闇の部屋の中で朝5時30分に眠る。起きると、15時。昼にも関わらず部屋の中は真っ暗だった。当時大学に向かうことを諦めていたので、起床後はゲームをしたり漫画を読んだりして、深夜1時から始まるラジオまでただただ待機していたのだ。

 

日の光を浴びず、飯もまともに食わない、歯はたまに磨く、寝たり起きたりする、等々不健康よろしくな暮らしをしていると、どうやら人間はおかしくなってくるらしい。おかしくなっていると気が付いた時には、もう時すでにお寿司。回り始めたお寿司が止まることのないように、僕はもう後戻り出来ないところにいたのだ。

初期症状

ある時、本当にある時、突然、突如、僕は閃いたように、隣人に盗聴されていることに気が付いた。

 

根拠もキッカケもない。閃きとはそういったものである。ニュートンが万有引力の法則に気がついた時、何がキッカケですか?と聞くだろうか。聞かない。誠に野暮であるからだ。
ニュートンは万有引力の法則に気が付いた。ただそれだけのことなのである。リンゴのことは知らない。

 

まあとにかく、エジソンやニュートンに引き続き、この落合のダッチワイフも隣人からの盗聴を発見したのである。
発見してからは、研究あるのみ。僕は1日中、部屋の壁に耳を当て、隣人がいつ盗聴しているかを調べていたのである。ミイラ取りがミイラになるとはまさにこの事である。

 

大家に「盗聴されています!」と言わなかったのは、実は自分がおかしいと気づいているからだ。頭では僕がおかしいのだと分かっているのに、心の中のリトルニュートンが「常識を疑え!!」的な偉人めいた事を言ってくるのだ。盗聴されていないと理解出来るのに、盗聴されている可能性も拭い切れない。

 

そんなグレーゾーンの中に引き込まれた僕は、部屋の中で音を立てない生活をするようになり、しまいには口を開けることが出来なくなってしまった。
口をギュッと閉じたまま、1年間真っ暗闇の中で生活をしたのである。

 

これがトゥルーマン症の初期症状である。

 

口を閉じる日々

それから盗聴されいてることに気が付いた僕は、先程書いたようにとにかく口を結んだ。口を何ヶ月と閉じていると、ある心情の変化が起きた。普段口を開かないために、口を開くということが異常なことに感じられ、何かとんでもない事をしでかしてしまったという不安に駆られるのだ。そこから猛烈なスピードで僕の中の異常が更なる異常を招き出すことになった。

 

口が開いてしまうことに不安を覚えるということは、何か口を開くと良くないことが起きているということ。口を開いたことにより起きる良くないこととは、盗聴されていたら困る発言をしているということ。
よって、口が開いている時は人様に聞かれたら困るようなことを、無意識に言ってしまっているということになる。と僕の脳は認識したらしい。今考えると相当キテいるが、当時は本気でそう思っていた。風が吹けば桶屋が儲かる的発想で、ドンドン追い込まれていったのだ。

 

この時はもうすでに盗聴されていることが前提での行動となっていた。盗聴はされていない「はず」だと思いながら。
部屋の中は盗聴されてしまっているので、外に出ようと思いこの時期はよく大学に行っていた。外だと口を開けるので、とても気持ちが良かった。

 

外にいる時間を増やすことで、ベッタリと脳の底に張り付いた盗聴されているかもしれないという概念的なものを蹴散らすことが出来るかもしれないと僕は考えていた。が、あることをキッカケにトゥルーマン症は末期へと加速することになった。

 

「トゥルーマン・ショー」いざ開幕!!

食堂で昼食をとっている時、大学の友達がスマホのカメラを僕に向けてきた。僕は咄嗟に口を閉じた。この時初めて自宅と同じような口の結び方をした。その瞬間に自分の部屋と外がパズルのようにガッチリ繋がってしまったような感覚を覚えたことを今でも覚えている。

 

閃いてしまったのだ。僕は面倒なことになるなと意外と冷静だった。このトゥルーマン症の不思議な所は、自分を俯瞰して見ることも出来るという所だ。つまり、自分はまたおかしな事を考え始めたぞと自覚出来たということなのだ。

 

「何を撮っているの?」とその友人に聞くと、彼は「教えな〜い」と言った。何故彼は僕を撮影した理由を口にしないのだろうか。僕は、トゥルーマンが妻との噛み合わない会話で抱いた時の不信感と全く同じようなものを、友人に、いや世界に抱いた。
それ以来彼と講義を受けることはなかった。

 

スマホを持っている人全員が僕を盗撮しているように見えてきてしまい、意識がある限り口をギュッと閉じたままの生活をしていた。
世の中のスマホを所持している人間のほとんどが、僕を撮影している。部屋に帰れば隣人には盗聴されている。と僕は考えた。まさにトゥルーマン・ショーの開幕である。ここから僕は、劇中のトゥルーマンのように世界と戦うことになる。

 

現実世界への影響

大学2年の冬。僕は部屋から一歩も出ることが出来なくなっていた。大学に行くのも辞めてしまっていた。酷く落ち込んでいたのである。何故ならトゥルーマン症による影響が、自分の行動によって実際に現実に露骨な影響を見せていたからである。

 

人々が手に持つスマホのカメラに怯え始めてから数ヶ月。僕はエレベーターのカメラ、車のドライヴレコーダー、と全てのカメラに怯えるようになっていた。
大学2年の後期はどれだけ高い階に用があろうと、必ず階段を使うようにした。帰省した際、どうしてエレベーターに乗らないの?と母親は僕に尋ねた。
6階まで順を追って景色を見たいんだ。と意味の分からないことを口にしたが、その時どうして僕はエレベーターに乗れないのだろう。と悲しくなったことを覚えている。

 

大学の図書館のトイレに、「落書き禁止。防犯カメラで監視中。」という張り紙が貼ってあった。用を足し終えた後に気がついた僕は、図書館員の元に足を運び、「今防犯カメラのレポートを書いているものなんですけど、本当にあれは撮影されているものなのですか?」と質問をした。図書館員さんはポカン半分ドン引き半分といった感じで、「はぁ。」と言ったような返事をした。
30代女性の機械的な笑顔の裏に見えた引きつった表情を見て、ああ、僕はおかしい。これじゃ本当にやばい奴じゃないかと、酷く落ち込み、その場からダッシュで逃げた。

 

シャッターが閉まったままの湿気じみた、真っ暗な家に帰り、口を結びながらその日は眠った。眠っている時に何かを言ってしまっていたら、どうしようかと考えたが、それだけは知らないと思えた。

 

困ったらママ

次の日の早朝。忘れもしない。僕は隣駅のレンタルショップに向かって爆速でチャリを漕いだ。漕げば漕ぐ程、全てがどうでも良く思える気がしたのだ。
そして僕は18歳以上が立ち入ることが許されないコーナーに足を踏み入れ、その中にあった中古のDVDを買った。レンタルショップで大人びたDVDを購入してしまう程、僕はヤケクソだったのだ。
過去最速記録で家に辿り着き、ワクワクドキドキでDVDのパッケージを開けた。

 

気がついた時、目の前には粉々になったDVDがあった。
DVDのどこかに小型カメラが仕込まれている気がして、ハサミで切り刻んでいたらしい。
これはヤバイ。本当にヤバイと思った。何とかしなくてはならない。

 

もうアレだ。ママしかいない。ママに頼るしかない。そう思い、僕はその日の夜母親に電話をし、今の状態や恐れていることの殆どを彼女に打ち明けた。

 

彼女は一言「クセの一つね。」と僕に言った。

 

僕は愕然とした。その一言で充分過ぎる気がしたのだ。
彼女が言うには、僕の盗聴・盗撮をされているという思考そのものがクセだというのだ。言うなれば脳に型が付いてしまっているということだ。
その型を外す必要があり、外すためには強引にでも無視をすることだと言っていた。

 

ありがとう。と言って、僕は電話を切った。

 

因みに。
このコラムを書いている時、母親は何故あのような助言が出来たのか気になり、久々に電話をかけてみた。
彼女は「テレビで見たから。」と言っていた。母親らしくてナイスな回答だと思った。

 

俺を世界中へと発信してくれたまえ!!

母親から助言をもらった夜、僕は自分の考え方のクセをどう変えていくかを考えた。その結果、強引な手を使ってでも真逆の方向にクセをつけていくという結論に至った。

 

次の日から僕は外に出て、エレベーターに乗った。何回も乗った。乗った所で何も起きないと自分に分からせるのだ。盗撮されていない可能性を探るのでなく、盗撮上等のような気持ちをもってして外を出歩くようにした。

 

トゥルーマンはあることをきっかけに、水に恐怖心を抱いていた。
彼は島の外にある現実の世界へと向かうため、嵐の中ボートを漕いだ。
彼は強い信念の元、嵐の中を突き進んだ。水への恐怖心に打ち勝ったのである。

 

僕も同じである。
恐怖の対象であるエレベーターや、友達が向けるスマホカメラに向かって行き、盗撮そのものに打ち勝とうとしたのである。馬鹿みたいな話ではあるが、トゥルーマンが嵐の中ボートを漕ぐシーンを見ると、あの時の自分をフラッシュバックかの如く思い出し、強く抱き締めてやりたくなる。
真剣勝負という気持ちでエレベーターに乗っていたのだ。

 

その結果、カメラが怖くない時間が生まれた。
とは言っても、基本やはりまだ盗撮・盗聴に怯えていた。
その証拠に部屋のシャッターは俄然閉めたままであった。それは外からの撮影を防ぐためである。
真っ暗な部屋の中に帰ると、やはり僕は常に何かに怯えていた。

 

一筋の光

とある朝、僕はガシャンガシャンという何かを叩き割る音で目が覚めた。
もの凄い大きな音が鳴っていて、身の危険を感じる程だった。
近くから音が響いていたので、音の出所を目で探ると、ベランダのシャッターが揺れているのが分かった。
盗撮や盗聴に関係することだと僕は直感的に理解した。
恐る恐る、ベランダに近づくと、バンッッッという大きな音と共にシャッターに大きな穴が空いた。
外から、カァ〜カァ〜という声が聞こえた。ゴミを食べ散らかすカラスの仕業だったのだ。
僕は内側から窓をガンガン叩き、カラスを撃退した。
ドット疲れてしまいその場で横になりながら、部屋に差し込んだ一筋の光を眺めていた。

 

僕の世界と現実の世界が繋がった瞬間でもあった。

 

「もし会えなかった時のために、こんにちは、こんばんは」

トゥルーマン症が治ったのは、それから数週間後のことだった。
家の目の前のスーパーでバイトを始めたことが理由だった。
決まった時間に起き、シャッターを開け、外の空気を吸う。たったこれだけのことで、トゥルーマン症は治ったのだ。
が、また再発する可能性があるよ。と誰かに言われたことがある。
自分でも分かる。今でもたまにカメラが怖くなる時がある。
実際の所、トゥルーマン症という名の病気は存在しないらしい。

 

トゥルーマンがボートを漕ぎ、行き着いた先は、トゥルーマンが育った島の一番端、つまり巨大セットの最端部であった。
彼は最後の最後、カメラの奥の視聴者に向かって、
「もし会えなかった時のために、こんにちは、こんばんは」
と言って、外の現実世界へと足を踏み入れた。
ギャグではない。彼の決意の台詞である。

 

自宅の玄関から外に出るとき、毎回このシーンを思い出す。

 


 

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Profile

  • 落合のダッチワイフハガキ職人

    「お笑い芸人になりたい」と思い、新卒2ヶ月で勤めていた銀行を退社。
    プールサイドというコンビ名で活動中。
    毎週日曜21時からインターネットラジオ「プールサイドの25Mラジオ」を生放送中。趣味はラジオ投稿。
    現在はコンビニでバイトをしながら。日々の生活を楽しんでいる。