おおや 日々のあれこれ Vol.5

言葉では上手く言えませんが。

男子に生まれてくると照れ臭くて言えない事が多い。色々な経験をして沢山の事を知ったとしても結局のところ、子供ということ。

5.11, 2018

URBAN RESEARCH DOORS:大家 孝文
  • essay
  • lifestyle
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日頃の感謝。

先日、自分の37回目の誕生日を迎えました。

友人からメールやSNS上で連絡を頂きました。

 

前日には普段から色々と良くしてくれる同僚から、色々なサプライズで祝って頂くなど、嬉しい驚きを頂きました。

 

家に帰ると娘も「パパの誕生日はケーキを買ってあげるな♪」と笑顔で迎えてくれました。

(これは彼女がケーキを食べたいからですが…笑)

 

そこからGWが終わりオフィスで働いていると、いつも良くしてくれる上司が帰り際に僕のカバンに何をサッと入れました。

見てみると漫画10冊(ミギーというパラサイトが出てくる話)と、ビニールにきれいに包まれた1本のスラックスでした。

 

え?という顔をすると、

 

「そのパンツ微妙にシルエットが合わないから、好きやと思うし履いてよ」と嫌味なくさらっとプレゼントしてくれました。

 

いやいや、惚れてまうやろ。

 

帰り際歩きながら、誕生日を祝ってくれた皆さんのことを思い浮かべながら、あぁ。生まれてきて良かったな~。と改めて思いました。

 

 

って、何の話!?汗

 

 

そんなふうに毎年、誕生日の度に感動をしている私。

今の自分があるのは両親のおかげだなと、誕生日の度に思います。

 

今回は、そんな“親への感謝”のお話です。

スーパーや飲食店のレジで店員さんに「ありがとう」と声に出して伝える。

幼い頃から母のそんな姿を見て、自分も実践しているコトの一つです。

 

 

僕はすごく自由に育ちました。

好きなことを好きなだけさせてもらったと思っています。

部活もボランティアもドイツへの短期留学(1ヶ月ですが。笑)も。

 

 

中学校から寮生活(土日だけ実家に帰る)

高校で下宿

それ以降ずっと、一人暮らし。

ご飯や洗濯・掃除などなど、両親への“ありがたさ“というのに気づくのは早かったと思います。

もちろん反抗期もありましたが、父や母と話すのは好きでした。

自分が経験させてもらった事はできるだけ話すようにしました

 

父も母もいつも忙しく働いていました。

両親が働く姿を見るのは幼心にカッコいいなと思っていました。

母は元気で明るく、よく笑う。そして、いつもチャキチャキしていました。

残念ながら僕はチャキチャキはしてませんが、

“元気で明るく”は自分自身大切にしていることです。

特に販売員として売り場に立っている時はお客様に真摯に接するというコトは意識していました。

そんな自分の販売員の基礎みたいなものは、幼い頃の母の働く姿を参考にしていたのかもしれません。

 

自分が社会人となって数年後、母が仕事を辞めることになりました。

一生懸命働いていたのを見ていたので、今までの感謝と労い、親孝行などできていない申し訳なさなど色々な思いが重なって、

 

「これからは自分の人生を楽しんでください」と伝えたように覚えています。

 

自分のことより、僕や兄、家族の事を何よりも優先してくれていたので…という意味で伝えたかったのですが、上手く伝えられず。

今思えば手紙などにして、もっとしっかり言えれば良かったなぁー。と反省。

 

僕が高松で働くようになり、実家の徳島からも近くなりました。

それからは、母もよく店にも遊びに来てくれるようになりました。

自分の仕事と職場を見てもらうことに抵抗は無く、むしろこんな感じで楽しくやってます!と見てもらえるので、来てくれてお店で色々な話をすることは好きな時間でした。

毎年、年明けに兄夫婦と甥っ子と共に新年の挨拶で来てくれ、その時にスタッフに欠かさず“お節弁当”をスタッフに差し入れをしてくれました。

 

スタッフたちも毎年の“お節弁当”を楽しみにしてくれていました。

 

正直、スタッフ全員分のお弁当作りはさすがに大変だと思いますので、「そこまでしなくてもいいよ」とは言いましたが、

 

「あなたが店長としてやれているのはスタッフの皆のお陰」といって毎年作ってくれていました。

そういう気遣いなど、まだまだ僕も見習うことが多く、母から学んだことです。

 

 

ある時、ふと母のことを小さく感じることがありました。

自分も歳を重ねて良い大人になったというのもありますが、子供の頃から見ていた自分のイメージより小柄に見えたというか…

母も歳を重ねているのだと実感した瞬間でした。

 

年間数えるくらいしか実家には帰れませんので、会える機会も多くはありません。

今は大阪ということで高松に住んでいたときと比べると回数は減ると思います。

 

会える時間を大切にしないと。と思います。

そんな日々の感謝を伝えたい!とは思うものの…伝え方が難しい。

うまく言えませんが、

 

いつもありがとう。ずっと元気でいて下さい。

 

そんな気持ちを母の日に、花やプレゼントでごまかして。

でも、その人の前では結局いつまで経っても子供なので、
自分の気持ちなんて見透かされると思いますが…

DOORS MOTHER’S DAY FAIR

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Profile

  • 大家 孝文URBAN RESEARCH DOORS

    徳島県・神山町出身。

    URBAN RESEARCH DOORS所属。徳島県・神山町出身。

    無類のサッカー好きで、自称UR社ワールドカップ応援団長。

    ベルギー戦の敗戦から日本代表ロス中のまだまだ成長したい37歳。