『人生は、長くて短い。』

〜楽しく生きる為の2つの悟り〜

8.17, 2018

美容師/LIM統括ディレクター:KANTARO
  • essay
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自分自身で自我が目覚めて、『生きている』と実感しながら生きてきたのは何歳ぐらいからだろうか?

 

俺自身、『生きている』という事を実感した記憶は曖昧で、それがいつだったのかは、今となっては定かでは無い。

 

10歳?11歳?12歳?

多分、小学校の高学年辺りからだったと思う。

髪型を意識したり、自分で洋服を買いに行ったり。
そのあたりから、『自分の自我で生きてきた。』という実感がある。
逆にいうと、それまでは、『勝手に生きてた。』という状態になるわけだ。

 

例えば、20歳の青年一人を俺の例に当てはめたとしたら、『これまで生きてきました!』と自信を持って言えるのは、せいぜい、10歳ぐらいからの10年ぐらいのもんだと思う。

 

そして更に、その青年が一日8時間睡眠を取っているのであれば、一日の1/3は眠っているわけだから、実質、10年間の1/3だから、6年半ぐらいしか目を開けて生きていなかったと言っても過言では無いわけだ。

『生きる』とはどういう事か?

 

生物的な観点からいえば、心臓が鼓動し、脈を打ち、呼吸を続けている間を『生きている』と定義するのであろうが、人間としての哲学的な観点から言えば、人はそれを『生きる』とは言わないだろう。

 

もっと、『感情的な要素(考え、悩み、苦しみ、喜び、幸せを感じる)』、つまりは、『心の動き』を持ってして、『生きている』ということを定義しているのでは無いだろうか?

 

逆に言えば、そう言う感情や心の動きがなくなってしまうと、『生きている』とは言い難くなるわけで、生きている以上は、そういう事柄からは切り離すことは出来ず、逃げる事は出来ないというわけだ。

 

しかしそれでもやっぱり、苦しい思いや、辛い思いをするのは、誰もが嫌なわけだ。

 

そんなわけで、『楽しい時間』や『幸せな時間』だけで、『生きている』という時を埋め尽くしたいと願うのが人間というのものなのだ。

 

しかし実際には、そんなに簡単に『生きている』という時間をそれだけで埋めることは出来ない。

 

簡単に手に入れてしまった楽しさは、後になって辛さを呼び起こす事もあるし、踠き苦しんだ後にこそ、幸せなことが待っていないという現実もあったりする。

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自分を取り巻く出来事や環境によって、自分自身の心が動く。

 

殆どの人はそう思っている。

 

楽しい出来事により、楽しい気分になったり、悲しい出来事によって、悲しくなったり。

 

周りの影響はたしかに大きく、私たちの感情を揺さぶる。

 

「アイツのせいで、、、。」とか、
「あの出来事のせいで、、、。」とか、
「天気のせいで、、、、。」とか、はたまた、
「なんで俺はあの時、、、。。」とかいった、恨みや妬み、後悔のようなネガティブな感情を生み出してしまう。

 

しかし本当に、これらの感情は、周りの影響だけを受けて湧き出すことだろうか?

 

俺が『生きている時間の全てを幸せな時間だけで埋め尽くしたい!』と思うようになってから、そう言ったことを本気で考えるようになった。

そんな事を考え続けてきた中で、俺は2つの事に気がついた。

 

その一つは、『感情は、自分で決めれる』という事だ。

 

どんなに怒りに支配されそうな出来事に出くわしても、怒らなければ良いわけだ。

 

どんなに悲しい事に直面しても、悲しまなければ良いわけだ。

 

少しだけ深呼吸して、冷静になって、少しだけゆっくりと頭の中を整理すれば、意外と大抵の感情はコントロール出来る。

 

ネガティブな感情をコントロールして、自然体でいられるように努力する。

 

相当の訓練や鍛錬は必要になってくるだろうけど、少なくとも俺は『感情は自分で決めることができる』という核心には行き着いた。

 

まぁ、まだまだ自分をコントロールする事は全く出来ていないけど、それを信じることが出来るようにはなった。

 

そして二つ目が、『全てのネガティブな感情や状況はいつか必ず改善される。』ということだ。

 

苦しくて、辛くて、悲しい気分になったその瞬間は、『地獄のどん底』にいるような気分になったり、『立ち直ることは不可能』といったような感情になるが、大抵のことは乗り越えて、全ては過去の感情として時間に癒されて、今はなんて事はない。

 

現に、『2年前の辛い出来事をフレッシュな状態で引きずりながら今も生きている。』ということなんか、一つもない。

 

『あの事を思い出せば、心の隅っこがキュンとなる。』というような事はいくつかあるにせよ、あの時の、あのダメージに比べれば、今はなんて事ないというレベルだ。

 

『死にそうに苦しい出来事も、全部過去の思い出になる。』

 

これが分かっていれば、どんなに辛いことがあっても、『まぁ、どうせ俺なら、いつもの様にいつか抜け出すでしょう。』と自分を信じることが出来れば、ほとんどの事がなんて事ない。

感情を自分でコントロールし、もしも、コントロールが不能になったら『まぁ、いずれはどうにかなる。』と受け流す。

 

これが出来れば、『生きている時間』を、出来る限り幸せな時間で埋める事が出来るようになる。

 

後どれぐらい生きていけるのかはわからないが、残りの『生きている』という時間は幸せな時間で埋め尽くしていきたいものだ。

 

人生は長いようで短い。

 

一瞬なのだから。

 


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Profile

  • KANTARO美容師/LIM統括ディレクター

    東京、大阪、ロンドン、シンガポール、香港、中国などの世界の各都市を、週ごとに点々と移動しながら働く美容師。『LIM』いうグループの統括ディレクターを務めており、ブランディングやマーケティングを行う。常日頃から『美容師の新しい生き方』を模索しており、50歳でのセミリタイアを夢見ている。いつまで経っても、怠け癖が抜けない、働き者の中年男性である。