Look Book Cook Records No.014

連載14回 『グラフィティはアートではない。グラフィティなのだ。』 

日々のインプレッションを画像と文で紹介するノンスタイルの連載です。

8.19, 2018

桑原 茂一
  • art&culture
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彼らの衝動にはなんの意味も理由もない。落書きする!サインを残す。それだけ、但し、仲間のグラフィティには上書きしない。もしサインの上にグラフィティしたら殺されても文句は言えない。(ニューヨークの場合)まさに、彼らは、ある種のギャング!消されても、消されても、グラフィティはやめない。しかも全ての壁が自分たちのもの(場)だと思っている。

 

グラフィティの世界に明るい某アーティストよりの証言

強烈なストレートを喰らった。グラフィティはアートだと信じ込んでいたのだ。だからアーティストへのリスペクトを我々が持てば共存できると信じていたのだ。

が、そもそも彼らはアーティストではなかったのだ。アートでもアーティストでもなければ、理由も話し合いも一切無用だ。

命を守る為の一時待避所を示す矢印アートであれ、彼らにはなんの興味もないのだから。

グラフィティする集団と私たちは共存していることを認識した上で、このアロー・プロジェクトを加速させる必要があるということだ。

もっと知恵を、それいけ、スマート!だ。

 

では今回の落書き事件のプロセスを画像で振り返って見ましょう。

 

まず最初に、アーティスト、森本千絵さんのオリジナル画像がこれです。

そしてこの壁がグラフィティのメッカの一つだとか。

 

場所は渋谷駅方面からシダックスビル前道路(ファイヤー通り)を進み、明治通りにぶつかる手前の宮下公園横の山手線高架下。

 

この壁に災害時の一待避所を示す矢印アートを描くことが今回のミッションだ。

まず、落書きを消し、一度白い壁に戻す。

落書き予防の為のコーティングはご覧ように身体的にも経済的にも高いリスクを伴う。

何故そこまでしてグラフィティを防御する必要があるのか?

このあたりのジレンマが今後の大切な課題でもある。


森本千絵さんの作品をこの壁にペイントしてくれた、

NPO/Clean&Art の皆さんは、

ここに住むホームレスへのケアも忘れない。

完成した作品の真ん中にある白いハートは恋愛の聖地の証か?

白いスペースを残したのは、

ここを訪れる人たちに自由に落書きをして貰いたい。

それが森本千絵さんからの愛のハートへの気持ち。

で、その趣旨を私にも一言書いて欲しいのお達しがこれ。


明治通りからの高架下への全景

完成2日後の夜。グラフィティ参上!

彼らは作品の完成を手ぐすね引いて待っていたのだろうか?

この壁のペイント作業を担当したClean & Artの証言によると、

何でもこの落書きをしたグループのサインは渋谷ではあまり見かけないそうで、

多分新参者ではないかとのこと。少なくとも消されたグラフィティへの仕返しとは考えにくいとか。

そして一週間後、Clean & Artの皆さんは粛々と落書きを消してくれた(感謝)。

消せば、また誰かが落書きする。このいたちごっこは終わることを知らない。

彼らがある種のギャングならモラルは通用しない。

「日本でこれを行うと器物損壊罪で逮捕される(後述)だけでなく、鉄道会社から多額の損害賠償を請求される。」

グラフィティする彼らもきっと覚悟の上でだろう。

今の法律では現行犯逮捕が原則だそうだから、法律を変えるのは政治家だ。

そして犯罪者を取り締まるのは警察だ。

言い訳するようだが、これまで私がグラフィティをアートだと認識していた理由は、キース・ヘリング、バスキア、バンクシー等の存在がいたからだ。

 

但し、wikipediaによると以下のように記されている。

 

1.  キース・ヘリングは、無法者のグラフィティ実行者ではない。キース・ヘリングのグラフィティは、地下鉄の使用されていない広告掲示板に黒い紙を張り、その上にチョークで絵を描くという穏当なものであった。

 

2. バスキアが10代で芸術活動を始めるきっかけとしてグラフィティ行為があったのは事実だが、世に認められた作品は「グラフィティをモチーフにした作品」であって、グラフィティそのものではない。

 

3. バンクシーはストリートアートまたは覆面アーティスト。グラフィティではないそうだ。

 

私の意見はシンプルだ。人間はリスペクトし合うことが生きる為の基本的態度だと思う。好き嫌いはともかく、人の作品の上に落書きすることは、理由もなくいきなり相手を射殺するような行為だ。スプレーやフェルトペンをピストルに替えてはいけない。いたちごっこの泥沼に向かう矢印を、私は別の方向に向けたいと思う。その準備が出来た暁にはこの連載でもお伝えしたいと思う。

 

この原稿を書いてる段階ではまだ森本さんの作品は修復した状態だ。

 

まずはこのままであって欲しいと祈るばかりである。

ここからは、アートやデザインの力で命を守るアロー・プロジェクトが何故始まったのか?そうした経緯に興味のある方だけお読みください。

 

行政と共に進めるアートの可能性について、もう少し詳しく知りたいあなた向けの解説です。

 

「 Rockin’Arrow 」→『 渋谷Arrow・project 』

1995年(平成7年)1月17日淡路阪神大震災 → 2011年(平成23年)3月11日 3.11東日本大震災 → 命を守る矢印アート

 

free paper dictionary  メディアの為すべきことは何か?

 

思い返せば淡路阪神大震災、生まれて初めての大惨事に私は言葉を失った。

急遽「ランチ1食募金」と題し、募金活動を開始した。と同時に、このメディアとの繋がりのある被災地の人たちと連携し取材し被災状況を伝える連載を開始した。それを年6回発行のディクショナリーは2年ほど続けた。しかし全てが未経験であったため、見かけは善意だが実際は悪どいボランティア団体などもあり、寄付金の贈与先を探すのも容易なことではなかった。

 

そんな苦悶の日々に出会ったのが、神戸の長田町に生まれた多言語放送局(当時8カ国)コミニュティーFM『エフエム・ワイワイ』だった。長田町界隈で暮らす外国人住民たちへの救済は日本人被災者に比べ、常に後手に回されていたようだ。そうした彼らを励まし救済するために始まったのが個人的なミニFM、そこから食事や水の配給情報だけでなく、被災者たちの自国の音楽を繰り返し流したという。にわか作りのプライベートラジオから流れる自国の音楽がどんなに彼らを慰めたであろうか、その後、紆余曲折あってめでたくコミニュティーFMの認可が取れたそうだ。震災時のラジオにしか出来ない素晴らしい役割に目頭を熱くした私は迷うことなくそのFM局へ寄付させて頂いた。

 

それがきっかけで、私も手弁当ラジオ番組「神戸ワンラブ」を2年に渡って制作させて頂くことにもなった。これらの出来事はfree paper dictionaryのバックナンバーに詳しく記されています。興味のある方はぜひ手にとって頂きたい。防災への認識だけでなく、リアルな災害時の人間ドラマにあなたもきっと目頭が熱くなるのでは。一方表立って報道されなかったが、戦後最大の災害であった為、国中からボランティアが続々と駆けつけたのはいいが、当時、ボランティア元年と言われたように、無秩序な現場で未経験のボランティアたちの中にはよろしくない活動も多々あり、ボランティアによる二次災害も少なからずあったようだ。

 

そしてこの未曾有の大震災の最大の問題は災害時の防災システムが脆弱だったことに尽きるだろう。本当に困っている人へ寄付金や物資を届ける方法に大きな問題があったのだ。それはその後の災害時のあり方に多くの課題を残すことになったはずです。

 

そして、3.11。

 

今回は先に学んだことをしっかり思い出し、このメディアならではの方法で、出来ることだけをしっかりやろう。

 

その答えが、防災への関心をアートで高める提案だった。具体的には、避難所の場所を指し示す矢印アートを実際の街で役立たせたいというものだ。

 

つまり急場の募金活動も急務だが、その募金をどう扱うかは別の機能が必要だ。それは私たちのような小さなメディアには不向きだった。

 

私たちの強みは個性あるアーティストたちの表現力だ。ならば、アーティストが一番得意な方法で参加できる提案こそ必要だ。

 

そこで浮かんだのが、このfree paper dictionaryから生まれた「Tシャツ・アズ・メディア」だった。

 

それは、時代へのメッセージをアーティストたちが自由にTシャツにデザインする新しいメディアの誕生であり発明だ。

 

では、その経緯を説明しよう。1988年に創刊したfree paper dictionaryは日本初のクラブカルチャーを育成するための情報誌だった。そこに、ダンスする為の機能的なTシャツを遊ぶクラブ・ファッションという概念が生まれ、「Tシャツはキャンパスだ」の合言葉で、国内のアーティストだけに留まらず、クラブ・カルチャー本場、ロンドンのデザイナーたちと交流し、毎年夏には50を超えるデザインTシャツを制作していった。こうしたアートを日常に着る試みが発展し、一枚のシングルレコードを生み出すようにTシャツのデザインを考えるようになり、社会的なメッセージを盛り込める媒体としても捉えるようにもなったのだ。それが「Tシャツ・アズ・メディア」だった。

 

この方法を日常から防災への意識を高める為の提案へ向けよう。

 

例えば、多数の観光客が訪れる街、渋谷・原宿、見渡すと避難所を示す看板がほぼ見当たらない。

 

地の利に明るいシブヤ区民ならいざ知らず、来街者は災害時には一体どこへ避難すれば良いのか?

 

命を守る為の避難所を示す看板が今こそ必要だ。しかも、新しい情報が溢れる街、渋谷、原宿らしくアートの力で訴求力を高める方法が的確ではないか。

 

そこで生まれたのが、避難所を指し示す矢印をアートで表現する、通称「Rockin’Arrow」だ。

 

賛同してくれたアーティストはおおおよそ80名近くにもなり、その作品を本誌で連載し、寄付を募るためのサンプルTシャツ制作、その売り上げは作家自身が寄付先を選んで寄付する。

 

募金活動する主体が責任を持って最後まで進める。これがベーシックな計画だった。

 

参加作品の一部を紹介しておこう。

私が一番の望んだのは、矢印デザインが街へ登場することだった。

で動いた。

 

町内会幹部の人々はこう言う。

“ それはとても良いアイデアだ、しかし、うちの店の前でなければいいよ。”

いきなりコメディー!(笑)

 

はたまた、行政の方はこう言う。

“道路交通法など、色々な管轄の許可がね “

 

誰しも面倒なことは避けたいのが本音。つまり、安全への責任はどこか見えないところにあり、自ら安全への働きかえをする意識は残念ながら芽生えていない。

 

私たちはいつの間にか都会に住む便利さや自由との引き換えに、助け合いの心を育むソサエティーを失った街に暮らしている。そんな現実を改めて思い知らされたのだ。

 

そして、2011年3月11日から、6年の歳月が流れた。

 

もう、すっかり諦めかけた頃、一本の電話が鳴った。

渋谷区の新しい区長の長谷部健さんだった。

 

「シブヤ・アロープロジェクト」公式HPにはこう記してある。

 

私がどうしても実現したかった「シブヤ・アロープロジェクト」が始まりました。

災害時の帰宅困難者対策が、渋谷区の喫緊の課題となっています。来街者の方が一時的に退避する安全な場所として、避難場所などを「一時退避場所」として定めることとしました。

そこで、一時退避場所を指す「矢印・サイン」が必要と考えました。しかし、本区の場合、画一的なサインを設置しても街の中に埋もれてしまいます。よりシブヤらしくクリエイティブに解決するには?と考え、導き出した答えが、「矢印・サインをアート化し、来街者の方々の意識に残るようにすること」でした。今年、区が共催し「シブヤ・アロープロジェクト実行委員会」が立ち上がりました。実行委員会は、渋谷区商店会連合会を始め、様々な組織の方に入っていただき協力をいただいています。また、サインをアート化するにあたり、外部のクリエイターの力が必要だと考えました。

 

「桑原茂→」さんが主催した“Rock n’ARROW”projectに思いあたり、実行委員会でディレクターをお願いし、アーティストの選定やアートの選考等にご協力いただいています。
今後5年程度の時間をかけ、区内に多くの「矢印・サイン」を設置し、来街者の方々に知っていただけるようにしていきたいと考えています。

 

渋谷区長 長谷部健
本文より一部抜粋。詳細はhttp://shibuya-arrow.jp/

 

 

矢は放たれた!

アローの木 / 東恩納裕一

YUICHI HIGASHIONNA / ARROW TREE

まず思い浮かんだ情景は、尋常でない事態が起きていることを暗示する、ブレながらも一方向を示す多数の矢印です。矢印は、避難先に急ぐ人々でもあり、数の多さは、イワシの群泳(集団で敵から身を守る)にヒントを得たアイデアです。

渋谷駅周辺は緑が少なく、ここにさらに無機的な人工物を加えたくないという思いから、全体を(葉っぱのように矢印が茂る)樹木に見立てました。

この“アローの木”が、非常時における実際的な機能だけでなく、一時のやすらぎ、ユーモアをもたらすモノでもあることを願っています。

TUBE ARROW / ヒロ杉山(エンライトメント)

ENLIGHTENMENT / TUBE ARROW

入り組みながらも一定方向へ進むチューブは、災害時に多くの人々が一時避難所へ避難する様子を表現している。CGによる光沢のある質感とマットな質感を組み合わせ街中に設置された時の違和感を作り出す事にした。

所々半立体のレリーフ状の構造になっているため、近くで見たときと離れて見た時では見え方の違いにより不思議な効果をもたらす。全長12メートル、渋谷区の管理するビルの4階部分に設置されている。遠くから見てもその存在感は圧巻であるし、矢印が示す方角は一目瞭然である。

 

つづく

 

文・初代選曲家 桑原 茂→

 


情報


 

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Profile

  • 桑原 茂一

    初代選曲家、毎週金曜日夜11時Mixcloud PirateRadio(海賊船)、 創刊1988年 free paper dictionary編集長