Look Book Cook Records No.35

LOOK THINK WALK ART パリ探訪その4

「 匂いを支配するものは、人の心を支配する。」
「 香水 」ある人殺しの物語( Das Parfum )パトリック・ジュースキント 著 
池内 紀訳 文藝春秋

4.9, 2019

桑原 茂一
  • art&culture
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羽田からパリまで直行便で所要時間12時間強。
多分一睡も出来ないだろうから本でも読むことにする。
折角なら、パリの街に関係のあるものがいい、パリと言えば「香水の都」だ。
で、いい塩梅に古本屋で買ったまま読んでない本があった。

 

「 香水 」ある人殺しの物語( Das Parfum )パトリック・ジュースキント 著
池内 紀訳 文藝春秋

 

その昔、何を思ったか香水を自分でも作れないかと香水関係の本を集めたことがあった。
その時の一冊だ。
子供の頃から嗅覚に敏感だったことも関係しているかもしれない。
敏感といっても、時代が匂いに敏感になる遥か昔のことだから触れても詮無い話だが、
一言でいえば、「 臭い 」 町が。
例えば、食べると甘いキャラメル工場の辺りはゴムが焼けるようなきつい臭い匂いが常に漂っていた。そんな臭い場所が少年時代を過ごした町にはいくつも点在していたのだ。
だから学校の行き帰りも臭い匂いを迂回して通ったのを覚えている。
その反面いい匂いも町にも家にもパンパンしていた。朝、学校への道すがらには季節ごとの名前も知らない草花の匂いに包まれる場所が必ずあった。帰りには総菜屋の串に刺した玉ねぎやじゃがいもの揚げる匂い五円、肉屋がラードで揚げるコロッケ10円、魚屋の店先からは瀬戸内海で水揚げされる季節ごとの旬の魚の焼ける匂い。そして夕餉の支度する家々から醤油と砂糖の微妙に焦げた甘ったるい匂い。これらの匂いが私の食欲を今も支えているのだと思う。
家に帰れば白粉を叩くそれぞれの個性ある匂いたちがボクちゃんお帰りなさいと迎えてくれる廊下を横切り祖母が握ってくれる大きなお釜で炊きたてのおむすびの匂いもほんのり化粧水の香り。少年時代は女たちの匂いに包まれて暮らしていたのだと思う。男の匂いと言えば、稀に帰って来ては白桃を買って来いだの夜中に起こして東京の海苔を食えだの裸馬にも飛び乗るらしい怖い義理の祖父の匂い以外は少年の私だけで、父や母の面影は私の人生には皆無だった。で、20代の始まりから海外への旅が始まり誰もがそうであるように免税店の香水を買うのが儀式の時代だったから次々に試してみたが自分に噴射した香りに負けうんざりし時折ムスクにも興味を示したがやっぱり負けていつしか香水系の匂いとはプレゼント以外は30代で縁が切れた。

“人間は目なら閉じられる。壮大なもの、恐ろしいこと、美しいものを前にして、目蓋を閉じられる。耳だってふさげる。美しいメロディーや、耳ざわりな音に応じて、両耳を開け閉めできる。だが、匂いばかりは逃れられない。それというのも、匂いは呼吸の兄弟であるからだ。人はすべて臭気とともにやってくる。生きているかぎり、拒むことができない。匂いそのものが人の只中へと入っていく。胸に問いかけて即決で好悪を決める。嫌悪と欲情、愛と憎悪を即座に決めさせる。匂いを支配する者は、人の心を支配する。”

 

「 香水 」ある人殺しの物語( Das Parfum )パトリック・ジュースキント 著
池内 紀訳 文藝春秋 (一部引用)

 

目や耳と違って匂いからは逃れられない。匂いを支配する者は人の心を支配する。

 

そんな強引な論理が綿密に練り込まれた苦が上手い小説「香水」に酔った唸った私は楽しんだ。で、ぐぐってみるとこの小説『パフューム ある人殺しの物語』は1985年に発表され世界中で1500万部を売り上げている。その後ドイツ映画としては破格の制作費を投じた映画も世界的にも大ヒットしたようだ。因みに2007年に日本でも公開されているが観ていなかったので早速「iTunes」で観る事にしよう。で、小説はやはりストーリーだが、大衆を酔わせてヒットさせるあらゆるビジネスの定理のようなものを私はこの小説から感じた。
その残り香でパリ滞在中に香水博物館とやらを検索探索したがまったくの期待ハズレだった。
とはいえ香水用のガラスの瓶には目が無いからせめて画像でそのムードを感じて頂きたい。

 

 

 

さて、香水博物館をエスケイプし、ここはセーヌ川、 目を疑う巨大看板に再び萎えた。

小説「香水」の舞台でも、パリのセーヌ川を跨ぐようにして、主人公が修行する香水店のあった場所で、主人公の天才的な働きで絶好調を迎えた香水店も末路は店ごとセーヌ川の藻屑になった。で、この美しいセーヌ川沿いの歴史ある佇まいに大きく張り出されたiphoneの広告をあなたはどう見るのだろうか?アップルという世界企業もいつしか海の藻屑となる時が来るのだろうか?LOVE&PEACEの匂いはとっくに廃れたが、もう私の憧れのカンパニーではなくなったことを思い知らされたパリでもあった。

さてお立ち会いこちらは「Comme des Garçons 」 の香水も手がけたことがあるという人気の香水店。何度か通い個性ある匂いに立ち会わせて頂いたが10種類を越えるともうわけわからんとなる。何とかこれまで嗅いだ記憶を辿り本能に忠実になろうとするが目の前の鼻先の匂いの洪水に押し流されてしまう。結果逢いたい匂いには出会えなかった。

で帰国後、そのもやもやを払拭する書籍に出会った。
資生堂で長年研究生活を送った調香師中村祥二さんの著書だ。
文庫本の体裁だがこれこそ豪華絢爛な香水博物館である。

“香水を語るとき、私たちはまず、その香水を特徴づける表の顔で語らざるをえない。
ローズやジャスミンや柑橘系など香水の主役と、その効果を上げ、主役の香りに広がりと持続性をもたせるムスクのような特別の素材で語る。だが実は、その香水にも必ずなければならない、香水の中心に位置するものがある。
それがウッディー・ノートなのである。香りの骨格、香りを支える裏の本体に位置する素材である。”

 

「調香師の手帳」香りの世界をさぐる 中村祥二著 朝日文庫 一部引用。

思い起こせば通ったパリの香水店のマネージャーはとても親切に解説付きでテスティングさせてくれたが、香水の中心に位置するものがあるという視点はなかったように思う。
表の顔だけで話すのがセールストークの基本だろうから詮無いが、その道を極めるのは容易な事でないというか、自分が本当に好きな匂いに出会うことは無いと思った方が良さそうだ。
つまり、それはオーダーメイドだろうから、この人生では叶わない。
そう考えてみると、「 Comme des Garçons 」の香水もいくつか試してみたが、
すべての匂いは川久保 玲さんがデザインする洋服を着こなすことと同様に、
デザイナーの香りを纏うとういう事に他ならない。
ということは、
デザイナーの思想にコミットメント出来なければ纏うことは叶わないということでもある。
匂いを纏うことは洋服を着こなす以上に容易ではないという事に私は辿り着いた。

で、この本の特筆すべきは2004年に嗅覚研究で初のノーベル賞受賞の下りだ。
小説「香水」の舞台は18世紀のことだから、そこから数えても優に400年は経過している。
世間では良くも悪くも嗅覚は「残された未知の感覚」と言われていたそうだが、
まさにその通りだと私も思う。
当時のAP通信ではこのノーベル賞をこのように報じていた。
「 鼻のなかにあるさまざまなにおいを感じるタンパク質「受容体(レセプター)」と呼ばれるーをつくる数多くの遺伝子を発見し、鼻のなかにあるにおいを識別するたんぱく質の実態を明らかにし、これらのたんぱく質がにおいの情報をどのように脳に送るかを追跡した。」
思わず刹那的なため息を私は漏らすが、ワサビのきいた鮨を食べるとツーンとくるところがセンサーの場所だと言われると途端に私の脳も働き出す。
つまりそこらへんの諸々を司る遺伝子を発見した事に対してノーベル賞が贈られたという事らしい。で、中村さんの立場でこのノーベル賞がどんな意味があったかをこのように話されている。

 

これまで質問を受けて私が答えられなかった、悪臭のインドール、

 

インドールって何ですか?
ジャスミン油・コールタール・腐敗たんぱく質・哺乳類の排泄 (はいせつ) 物に含まれる物質。糞臭 。

 

うんちの濃度を下げていくと快い甘い花の香りににおいの質が変わるという現象は、
これでうまく説明できるようになった。

 

「最も謎に包まれた人間の感覚」の理解を高めた点。
という受賞理由のノーベル賞のおかげだろう。

 

とそうおっしゃっている。
更に、この本は私たちの体臭へと話が進むが、こうなるともう人ごとではありません。
加齢臭も含め体臭は変わるそうです。
食べ物では10日から2週間で変わる。
危険が迫れば、嫌な奴に出会えば、
匂いのバリアーを人も猿も張り巡らすそうだから変わる。
女性は排卵日の周期によっても変わる。
体臭の強さで言えば、黒人、白人、日本人、中国人、朝鮮人、という順らしいが、
楊貴妃は多汗症で赤い汗をかき、そのにおいは強く麝香の香りがした、とされている。
現代医学でいえばアポクリン腺色汗症であったらしい。
で、楊貴妃を始めとする中国の三代美女たちはいずれも挙体芳香といって、全身からえもいわれぬ芳香を発していたそうだが、実は、脇の下のにおいのことでむしろ悪臭だが、その薄まったにおいは性感情を高める場合があったらしい。
だからバージンには感じられないにおいも経験者の排卵日には一般でいう脇の下の悪臭も生感情を高めたり良いにおいに早変わりするるというから女性の気持ちは計り知れない侮れない。
つまり相手の匂いがダメな場合は遅かれ早かれ別れることでもあるらしいからマスクで顔を隠す気持ちも分からないではないが、周りの人間たちの匂いを自分の鼻を効かせてしっかり把握することも幸せへの道しるべかもしれないっす。で、とある女性だけの職場へ男子が配置されることでそれまでのいがみ合いが収まったケースもあるそうだから人間はイケメン云々よりも体臭の果たす役割の方が思ってる以上に私たちの暮らしに役立っているようである。
「最も謎に包まれた人間の感覚」とは言い得て妙で、
年がら年中発情期でもある人間の感性ほどいい加減なものは9。

はて香水博物館に展示してあったこの動物は人を惑わす香水と、
どのように関与してるのだろうか?
もしかしたらこの動物のお世話になっている香水を纏う女性を
あなたも私も好きなっているかもしれない。

 

つづく。

 

画像・文 桑原 茂→

 

PS* 人類の体臭を感じた映画2選。その選曲は以下へ。
moichi kuwahara Pirate Radio


 

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Profile

  • 桑原 茂一

    初代選曲家、毎週金曜日夜11時Mixcloud PirateRadio(海賊船)、 創刊1988年 free paper dictionary編集長