Look Book Cook Records No.39

作品:MIC*ITAYA

台北には表参道という名前の足裏マッサージの名店がある。
東京の表参道には見逃せないギャラリーがある。

6.4, 2019

桑原 茂一
  • art&culture
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その昔、FM大阪の夕方放送されていたノンストップミュージック番組の源流でもあった「ミュージック・ネットワーク」で、
故中西俊夫と藤原ヒロシと私の三人で「ダモン・ブラザーズ」を名乗り、今起こっている出来事や三人を取り巻く愉快不愉快を片っ端から笑い飛ばすトークセッションの末尾は必ず、”いいんだも〜ん”で締めるという、すべてはどうでもいい精神のダモンブラザーズの一員だった藤原ヒロシさん情報から知り合った画家・小村希史・Marefumi Komura が3点だけ描いた&Tシャツにした。[THE LIBRARY]に足を運んだ。

作品:小村希史

フリーで配布しているポスターを頂き、その際のお店のスタッフに気遣いに感じ入りTSHIRTを購入した。
私のTSHIRT購入ポイントは、乳首が透けない。ポケットがある。綿が柔らかく肌に馴染む。ゆったり着れる。絵画がプリントされたものにはポケットがない。プリントがゴアゴアするので肌に馴染まない。の2点で残念ながら彼の作品Tshirtは購入否。勿論小村くんの作品にぐっときてのギャラリー訪問故作品云々ではない。
やはり作品はみて楽しむものでみせて&みられて楽しむものでは私的にはない。で購入したのはこのポケ付き真っ白Tシャツ。既に数回肌と接触しているが首回りも肌への感触も良好なり。

と、もったいぶった持論を語りながら、実は、[ Tshirt as Media ]と題し、1988年から25年間ほどTshirtの制作販売をしていた。
なかでも、故人中西俊夫とは膨大な数制作したが、最近そのいくつかがみつかったので参考までにご覧いただくことにする。

さて、表参道とは、神様へお参りに向かう道のこと、神は死んだ。との説もあるとは言え、私たちにはそれに変わる神々が存在する。
つまりそれがいわゆるアートでありデザインでありファッションであり音楽だと思うのだ。
崇める心と夢中になる心はそもそも異なる世界ではごじゃりますが、神社の荘厳な設えやお札やお守りや、はたまた、息を呑む建築や壁画やステンドグラスやクロスのアクセサリーに到るまでそのデザインやアートを、神を崇める当時の人々もカッコイイと魅了されていたのではないか?有り体に言えば、信心する心を美によってプロパガンダした。つまり様式美やデザインの魅力が神を賛美する力を支えていたと仮定するならば、私たちがカッコイイと思うデザインやアートやファッションにも人々が崇める神が宿っていると言ってもあながち過保護でもプロパガンダでもないだろう。
で、一旦ここで一本締めを打つのなら、表参道の先にあるべき神社こそ、デザイン神社はたまたアート神社であるべきではないか?
魔、改めて注釈するまでもないが神社へ向かう表参道はおしなべて外国資本の世界的著名ブランドに明け渡しているわけだから今更なにおかいわんやでごさんすが、それはそれ、だからこそ、この現実に見合う神社が存在してほしいのだ。で、その新たな神社にはこれまで我々を魅了してきた国宝級のアーティストたちを祀りその功績を讃え、日本から生まれた文化を世界遺産として未来へ役立てて頂く。更にいくつかの書物から裏書すれば本来神社は庶民の為の学びの場であり憩いの場でもあったとか。神社がこれまでも偉業を成し遂げた人々祀るなら、神社が社会に貢献した人々を慈しみ崇める心を養うならば、祀るべき神を見直すべき時が来ているのではないか?これは決して荒唐無稽な話ではない。私も招かれて一度お参りさせて頂きましたが、あのMR.Kも個人で神社を創設されました。ならばきっと他にもあるでしょう。ちょっと視点を変えるなら信心する行動を経済的効果にあてはめるなら、人々が望む新たなデザイン神社が創設されれば、参拝者がお求めになる神社グッズ?もデザインの魅力で飛ぶように●れると思うのはゲスな発想でありましょうか?一発当てようと幻のようなアミューズメント・パークを取っ替え引っ換え創設されるなら、表参道デザイン(アート)神社企画を試みるのも一興ではござらんかな。de、この余興のBGMは当然・「 Angelo Badalamenti 」 でなければ成田山。

 

ここまでのデビット・リンチ風暗黒のストーリーを、明るい日差しに照らすなら、もう既にあっと驚く神社は設計されています。祀ってある神様は従来のままですが、この企画をイメージするに相応しい神社の紹介です。最近ではデートコースにもなるほどの人気の神社だと聞いています。
その名は「赤城神社社」。縁あって知り合った才能豊かな建築家の作品です。

赤城神社には『岩筒雄命(いわつつおのみこと)』のほかに、『赤城姫命(あかぎひめのみこと)』が祀られています。この御神体はお詣りに来た女性の願い事を叶える女神様といわれています。多くの女性が良縁成就、夫婦円満、安産などを願い赤城神社を訪れます。また、江戸時代には徳川幕府によって江戸大社の一つとされていた、由緒正しい神社です。だそうです。

伏線に遠回り空回りをさせてしまいましたが本題はギャラリー訪問です。
さて次に紹介するのは、世界に多くの信者を有するある種の神様と言っても過言ではありません。
「デヴィッド・リンチ_精神的辺境の帝国」展
そうあの「デヴィッド・リンチ」の神社です。ではなく表参道にある魅力的な
ART & GALLER「GYRE GALLERY」です。

作品David Lynch

で、ホームページが誠に分かり易く秀逸なのでそこからこの展覧会を紐解いてみましょう。

 

以下は、この展覧会のキュレーター飯田高誉氏のデヴィッド・リンチへのインタビューから抜粋します。

展覧会の「精神的辺境の帝国」というタイトルには、どういう意味が込められていますか?

 

「これはリンチの長編映画『インランド・エンパイア』というタイトルを、独自に解釈し直したものです。そこに込められた心理的な状況にもっと迫ってみたい、という意図がありました。リンチの手がけた映画や絵画では、アンダーグラウンドなものが、オーバーグラウンドにあふれ出てくるところが、さまざまに描写されています。とくに映画においては、まずは美しい日常がフレームとしてきちんと描かれる。しかし、じつはそこに潜んでいる不気味なものや凶暴性が、やがて顔を覗かせるようになって、ゆくゆくは日常というフレームそのものまで壊していく。オーバーグラウンドだったものが、次第に、強い力をもったアンダーグラウンドなものに覆されてしまうという展開を見せます。そうした物語や世界観によって、誰もが自分のなかに潜在的に秘めているものを暴露してくれている、ということもできると思います。あるいは、「内面的なもの」と「外面的なもの」との、心理的な境界線が崩壊していくところも、リンチ作品の面白さです。内であって外である。外であって内である。といった状況を、さまざまな現象として描き続けているのです。そうした彼ならではの、表現における本性のようなところを表すタイトルを模索しました。英語では“From the Fringes of the Mind”というタイトルをつけています」

キュレーター飯田さんのリンチへ迫り方も凄いですが、『インランド・エンパイア』の予告編の最後のコピーがこれまた凄いです。

 

この映画は人の心を変えてしまうくらいの強烈な副作用を持った劇薬である。

 

インランド・エンパイア 予告編

因みに、私は1991年に日本で公開された『ツイン・ピークス』からリンチ教に入信したのですが、
もしかして、私の心はこの映画を観た2007年の六月末から既に変わってしまっているのかもしれません。
自覚症状としては彼の歌声を聞いた瞬間我に帰り自宅に帰りリンチ教から脱会いたしました。
心変わりって、自覚症状がないだけに怖いですよね。

 

Twin Peaks 

会場に、屋根の焼け落ちた
“黒い小屋”があるのはなぜですか?

 

「『ロスト・ハイウェイ』にしても『ツイン・ピークス』にしても、リンチが監督した映画には、さまざまな“小屋”が登場します。しかもそうした映画のなかで、怪しげな、目に見えないパワーが潜む場所として描かれています。僕は今回の展示を通じて、彼のインスピレーションの源泉を、あらためてクローズアップしたいと考えていました。そのために、彼の映像世界を象徴するような“小屋”を設置してみたかった。それを実現しようと準備を進めていたところに、リンチのほうから『Fire』というショートフィルムを上映してもいいという提案があって。僕たちが用意しようとしていたのは、まさしく火事で真っ黒に焼けて、屋根が落ちてしまったような小屋だったので、とても驚きました。『Fire』を上映するのに、ふさわしい場所ができたと思います」

まさにリンチ教への表参道がこの小屋です。この小屋の存在こそがこの展覧会を成功へ導いたと確信します。

 

そして『Fire』はぜひご覧いただきたい。

 

思わず一度脱会したリンチ教と再婚してもいい気持ちになっています。(桑原談)

作品David Lynch

デヴィッド・リンチが絵を描き続けるのは、
どういった理由からでしょうか?

 

「リンチは映画監督として世界的に知られていますが、もともと美術学校に通っていたりして、若い頃から画家を目指していました。かつて僕が、絵を描くことについて訊いてみたところ、映画をつくることも、絵を描くことも、自分にとっては同じなのだと話してくれたことがあります。またずいぶん昔には、映画をつくりたいと思ったのはどうしてか?と尋ねたこともあるのですが、絵に描いたイメージを動かしてみたかったから、といった答えが返ってきました。僕が知る限りでは、映画を撮っている間も、毎日のように絵を描いていたようです。絵を描くことはそれくらい、彼のクリエイティビティの支えになっているのだと思います。むしろ、彼にとっては絵を描くことこそ根源的な欲求であって、映画はそこから派生した表現方法なのかもしれませんね」

飯田さんありがとうございます。HPインタビューから一部抜粋させて頂きました。

 

デビッド・リンチのアート作品は、幸運にも、とある友人のコレクションで何度か拝見しているのですが、この展覧会でリンチの世界がより明確になりました。やはり、現代美術に限らず、作家の求めるものを知ることは作品の意図を明確にすることでもあります。
これまで瞬間的なタッチでばかり作品と接することが多かったこともあり、こうしたすぐれたキュレーターの解説のお陰でアートとの接し方をまたひとつ学ぶことができたのは幸運でした。私はこの展覧会をお勧めします。
この展覧会は6月23日(日)まで開催されています。

作品:MIC*ITAYA

最後は表参道から新宿へ移動し、Bギャラリーで開催中のミック板谷さんの展覧会です。

 

MIC*ITAYA EXHIBITION
『The Eccentric AncientsーPrologue HEARTS & STARSー』

 

https://www.beams.co.jp/news/1472/

 

過去でもなく 未来でもない 現在が永遠
時の流れに昼寝をしている 岸辺で投げた小石の 落ちたところが標的の中心

 

Not the past, not the future, the present is forever
Siesta along the tide of time
Pebble thrown from the shore falls onto the centre of the target

 

木々の中の昼寝。そこに現れたのは、現代に生きる風変りな古代人、古代と現代を行き来する。眩しい光の 中で五感が歓び、第六感が踊り生んだのは、いずれなる未来の遺跡か記憶の欠片か。欠片に内在する 星々の光をなぞる。風変りな古代人には当たり前の天使たちの助けで、それらは存在する。」
ー MIC*ITAYA

作品:MIC*ITAYA

作品:MIC*ITAYA

作品:MIC*ITAYA

作品:MIC*ITAYA

その昔、1983年に日本初のクラブ・ピテカントロプスのオープン時にレセプションのカードのディレクションを皮切りに、
プロジェクトの始まりはミックから。そんなフレーズが頭に浮かぶとても信頼できる慈愛に満ちたアーティストです。
全ての展覧会を拝見している訳ではありませんが、彼の作品に接し思うのは作品への強度が変わらないことです。
素人が語るのはおこがましいのですが、一本の線に込められた精神の強靭さに毎回息を呑むのです。
私が尊敬するアーティストの共通点は、一音、一本の線、放つひとつの響きに感動するのです。それは楽器も絵筆も変わりません。
同じ道を歩き続けたアーティストだけが描けるたったひとつの響きに私は胸を撃たれるのです。
これからもミック板谷の一本の線を追い続けたいと思います。

 

さて、私の敬愛する画家(アーティスト)は同時に音楽への造形も深い。
今回の展覧会巡りの刺激をいつもの海賊船PIRATERADIOにて引き続き選曲する也。

 

 

画像・文  初代選曲家 桑原 茂→


 

▽Look Book Cook Records

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Profile

  • 桑原 茂一

    初代選曲家、毎週金曜日夜11時Mixcloud PirateRadio(海賊船)、 創刊1988年 free paper dictionary編集長