Look Book Cook Records No.41

7.4, 2019

桑原 茂一
  • art&culture
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芸術に愛は必要か?

(劇場用パンフレットより)

 

映画は文化の無数の発信地から送り届けられる引用の織物である。内田樹

 

内田樹さんの言葉をまるで裏書きするようにラース・フォン・トリアー監督もまた映像を引用している。
つまりあらゆるクリエイティブに引用は不可欠なのではないか。っていうか、
パクリだと真似だとかそんな批判に怯える前に作りたい欲望に真っ直ぐでえんちゃう?
貴方も私も生活の面でもモノ作りする上でも引用を多用して生きているはずなのだから。

 

“大好きなレストランで大好きな料理ばかりありったけ注文した。”

(劇場用パンフレットより)

 

欲望に導かれて、、、、まさにアグリーメント&共鳴!!

 

──昨今の政治的正しさに関する風潮についてどうお考えですか?

 

ラース:この風潮には懸念しています。とても危険だと思うのです。差別用語として“ニグロ”という言葉を排除したことは、民主主義の崩壊だと思うのです。例えばデンマークではナチスであることは法律違反ではない。排除しないことは素晴らしいと思うのです。私は言論の自由を信じています。

 

youtubeでのインタビューより抜粋

 

差別用語を使ってはいけない = 民主主義の崩壊。

この図式がこの日本では通じない。

差別用語を排除しないことは素晴らしいと思うのです。

この考えもこの日本では理解されない。

言葉狩りをした後に、無くなった差別があったでしょうか?

アメリカの禁酒法は結果、劣悪な闇のアルコールを蔓延させ、さらなる悪を生んだ。

禁止することでは人の心の奥底にある欲望を決して排除できないのは歴史が証明している。

「正義を真顔で言う人」その対局がアートの役割だとしても、どちらもクレージー(狂っている)と言われるのだから笑わずにはいられない。

つまりラース・フォン・トリアー監督は、個人的な大量殺人と国家的な大量殺人をまるで同一のことのように描き天秤に乗せ、

芸術とは何か?と私たちに問いかけているように私には思えた。

 

 

──この映画は芸術の本質について語ったものなのでしょうか?

 

ラース:優れたとは言えなくとも芸術家、限界まで追いこまれた芸術家の話です。64人殺害することが芸術になるかもしれない、ということに同意できるのです。なぜそれはいけないのか? 芸術、それ自体を定義することは難しいでしょう。この作品で自分が芸術の本質について言うつもりはありません。

 

youtubeでのインタビューより抜粋

 

 

シリアル・キラーものとジャンルについて

僕にとってシリアル・キラーというのは、あるひとつのジャンルを示す要素でしかない。これまでもずっと、既存のジャンルから出発して、それと相反する内容になるような映画を作ってきたからね。ジャンルもののいいところは、観客が内容をあらかじめわかっている点なんだ。

 

ほんとうに変わったことをするためには、

 

ジャンルという既存のレールから映画を出発させることが重要だと思う。

 

この映画の場合も、観客はシリアル・キラーものだと最初からわかっている。だから彼らも落ち着いて見ていられるし、楽しいことが起こりそうだぞという気持ちで映画に接することができるんだ。それに対して、期待とはちょっと違う映画を作る。そういう意味では、この作品もほんとうのシリアル・キラーものではない。そもそも、それほど挑発的な映画だとすら思わないよ。だって過去にはいろんな映画で、もっともっとひどい暴力を見てきたからね。

それにしても、女性たちはどういうわけかみんなシリアル・キラーに惹かれるよね。書店には大量殺人ものの本があふれかえっているし。どこかセクシーなものを感じるのかな。僕にはわからない。

 

『ハウス・ジャック・ビルト』を巡るラース・フォン・トリアーの発言 より抜粋。 /(構成・品川亮)

貴方を威嚇するように見つめるこの女性が、あの「パルプ・フィクション」のユマ・サーマンだと気がつきましたか?

 

しかしそれが俳優の俳優たる所以なのですが、何故か日本の昨今の俳優さん現れた瞬間に分かりますが・・・・は、
ともかく、監督が言うには、” 彼女はフィルムの中も外も人をイライラさせることに長けている。” とか。
貴方の近くにもきっとこのタイプの女性がいるに違いありません。

だからと言って、パンクを修理するジャッキで顔を連打したいとは思わないと思いますが、が、が、が、ガシャ!!

真剣さとコメディは紙一重!!

で、ラース・フォン・トリアー監督は本気なのか冗談なのか?

このシリアル・キラー映画をロックンロールと呼んだ!

ほんとうに変わったことをするためには、

ジャンルという既存のレールから映画を出発させることが重要だと思う。

 

やられた!すっかり罠に嵌った。

 

THIS IS ROCK’N ROLL (FILM) → THIS IS GENOCIDE (ジェノサイド)

Lars Von Trier Announcing ‘The House That Jack Built’

 

https://www.youtube.com/watch?v=Q2dJmdtrCwo

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/ジェノサイド

 

で、ラース・フォン・トリアー監督のデビッド・ボウイ好きは映画『ドッグヴィル』(Dogville)での「ヤングアメリカン」の使い方を見ればわかるが、映画の本質を最後の送り出し曲でかましてくるそのかっこよさに私は椅子から転げ落ちたから先刻承知だが、
この映画でもデビッド・ボウイのフェイムがロックンロールな使われ方をしているから、
きっと墓場の陰で腰をグラインドしていることだろう。

思わず、David Bowie Rock’N Roll Suicide が聴きたくなった。https://youtu.be/9jg4ekLG9Zo

 

独りよがりこそ、ROCK’N ROLL なんだ。

──主人公のサイコキラー・ジャックはOCD(強迫性障害)を抱えています。どうしてでしょう?

 

ラース:強迫性障害は、本当に体に辛い症状を引き起こします。私自身も強迫性障害に苦しんでいますが、辛くて仕方がありません。

 

子供の頃にそれをよく感じたことですが、物事が秩序ある適切な場所にない場合には、世界が破滅するような気持ちになるのです。

 

『ハウス・ジャック・ビルト』を巡るラース・フォン・トリアーの発言 より抜粋。 /(構成・品川亮)

 

片付いていないと世界が破滅する。わかるなぁ〜その感じ。
で、犯人は殺人現場へ戻るというが、実は殺人を犯すような人間は多かれ少なかれ、
このOCD(強迫性障害)を抱えているのだろうか?
この映画をまだ観ていない人には申し訳ないが、主人公のサイコキラー・ジャックは、逃走する前に自分の残した血痕が気になり殺人現場へ繰り返し戻り、血痕の後を綺麗に綺麗にクリーナップし、その辺りを磨き上げる。
しかし美しすぎる床やテーブル、壁や照明器具など、日常より綺麗すぎる部屋に変わったら不自然ではないか。
いくら殺人者はOCD(強迫性障害)を抱えていますと言われても笑いがこみ上げてくるのは止められない。
例えで言えば、

 

葬式でお経をあげている坊主がしびれを切らし倒れそうになるのを吹き出さず必死で堪えている私とかに近いでしょうか?

 

で、思わず息を飲むのが監督が自画自賛する奇跡的なこのシーンだ。

 

二時間あまりの映画と言う時間の中で、たった一瞬のこのシーンに出会うことで、

 

私はこの作品があのどのドラクロアの作品のように未来へ受け継がれるだろうと確信するのだ。

 

(劇場用パンフレットより)

 

ウジェーヌ・ドラクロワ(1798年4月26日~1863年8月13日)はフランス美術におけるロマン主義の代表的な画家である。彼は新古典主義画家のピエール・ゲランのもとで1816年から1823年にかけて絵画修業をした。画家や壁画家としてのドラクロワの表現力豊かな筆遣いと色の光学的効果の研究は、印象派の作品に大きな影響を与えることになったが、異国情緒に対する情熱は、象徴主義の画家たちにも影響を与えた。また、すばらしい石版画家でもあったドラクロワは、ウィリアム・シェイクスピア、スコットランドの作家ウォルター・スコット、ドイツ人作家ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテなどの様々な作品の挿絵を制作した。

(ウィキペディアより)

で、この映画の締めくくりの地獄の描写にも圧倒されました。
これは映画でしか描くことのできない壮大なアート作品です。
抽象的だが怖い恐ろしい惚れ惚れする地獄が描かれます。残念ながら魔王は出てきません。
で、総括すれば、ある意味この映画はお化け屋敷を楽しむようなものだと思います。
サイコキラー怖いですよ〜カンヌでは途中退席者続出!と脅かされてお化け屋敷に入るとちょっとしたことでビビリますよね。で、ビビリすぎて笑っちゃうことないですか?
私はこの映画を二度みて、そのことが認識できたのです。話が迂回しますが、実は音楽のライブも同じで、
その昔、坂本龍一さんが日本でソロ・ツアーを行った時のことです。
私の故郷の岡山でも演奏すると言うので、東京での鑑賞後に追っかけました。
自分が音楽に目覚めた故郷であの教授(坂本龍一)の音楽(ピアノ・ソロ)を体験し、その翌日にアップル・ミュージックで、そのライブを聞き直す。なぜ私が音楽にここまでのめり込んだのかを知りたい。は勘違いでしたが、
あの当時ライブを翌日に公開販売するなんてことは画期的なことでした。つまり修正が効かないのですから覚悟が入ります。で、その勇気に惚れ追っかけたのは正しかった。音楽に惚れたあの坂本さんの人柄が色濃く音楽へ影響していることがよくわかりました。演奏する楽曲は同じでもそれを演奏する人間は日々変化している。変化する人間が音楽を奏でるのです。より人柄を感じその都度変化する音楽を楽しむ経験は貴重でした。
話を戻すと、映画を二度見ることでわかることは、監督の立場で、こう言う言い方は偉そうに聞こえるかもしれませんが、映画の構成や編集や意図など、筋を追っていては気づかない映画の真意が見えてくるのです。
この監督の作品はほとんど見ていますが、繰り返し見た作品はあまりありません。今回は最初に観た後に公式パンフレットを劇場で購入したので、知りたいことが満載のパンフに出会うことができました。お陰でこの映画をもう一度見たいと思ったのです。
余談ですが、ほとんどのパンフレットはゴミです。知りたいことが全く記載されていません。
それにひきかえ、この映画のパンフレットの編集は素晴らしかった。私が知りたいのは監督のこの作品への意図やこぼれ話です。
つまり、先回で内田樹さんの書籍からの引用した。

 

「映画は文化の無数の発信地から送り届けられる引用の織物である」

 

内田樹

 

織物に限らず良い作品はそのルーツを知りたくなるものです。
映画は脚本で作るのでしょうが、脚本通りに出来上がる訳ではない。
その製作に多くのプロが関わることで予期せぬ出来事の全てが映画には現れてしまう。
その、予期せぬ出来事を私は知りたいのです。
そして二度目を見ることで、感情的な思考のみでこの映画を語るのではなく、この映画のどこに私は魅惑されたのか?
それを語ることができるような気がしたのです。気がしただけですが(笑)

 

最後にヒッチ・コックのこの言葉を紹介しておきたいと思います。

 

映画の力は大衆のエモーションを生み出すことにある。

メッセージでなく

俳優の名演技でもなく

原作のベストラー小説の面白さでもない

映画そのもの

映像と音響 純粋に映画的な表現技術がすべてなんだ

恐怖だろうと何だろうと主題は何でもいい

確かなことはー映画の面白さは物語の構成にかかっている

どんな小さな物語でもー技術的にきちんと作られてさえいればー

世界中の観客を同じように感動させられるはずだ

それだけが映画作家(フィルムメーカー)の誇りだ

連載41回目の締めの前に一言。

 

この連載では、映画紹介も幾度かあったと思いますが、作品に関する画像の使用に関しては著作権が厳しく、使用できませんでした。
が、今回は幸運にも株式会社ガイエ(gaie.jp)宣伝事業部 パブリシティグループの協力で作品関係画像の使用が可能になりました。
ガイエのみなさまありがとうございました。で、
「 画像・文 桑原茂一」この肩書きの通り、ごちゃまぜスタイルと言うか、画像がなければ何も書けないと言うか、初代選曲家を名乗る以上それらしく振る舞いたいと言う思いもあったりなかったり、今後は選曲家とは?の解説に、「引用をベースにした表現」を加えたいと思います。
選曲家とDJの共通点はそこで、DJがサンプリングをベースに曲作りをするように、選曲家の執筆もまた、引用(サンプリング)をベースにしているのです。つまり、私はこの世界にあるものはすべて引用で成り立っていると考えているので、
伝えたいことがあるなら使えるものはなんでも使う。
So What!
それが選曲家のスタイルだとこの際アナウンスメントしておきたいと思います。
で、この映画から受けた強烈な感動を選曲からしく構成してみました。

 

https://www.mixcloud.com/moichikuwahara/moichi-kuwahara-pirateradio-the-house-that-jack-built-0/
ここでも私の引用のスタイルはルールの壁に阻まれました。

 

Mashup (music)はアップロードさせない。と言う mixcloud からのお達し。

 

しかし、それはAIのミスで、私の構成は単純なCUTUP選曲です。
つまり、画家がこの映画をみて抽象的な絵画を書くように、
初代選曲家の私は耳で聞き想像する時間を構成するのです。
おヒマな方はぜひ。

 

画像・文 初代選曲家 桑原 茂→

 

 

 

画像提供&情報1

 

タイトル◆

ハウス・ジャック・ビルト

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公開表記◆

6月14日(金)

新宿バルト9、ヒューマントラストシネマ有楽町 ほか全国公開———————————-

コピーライト◆

©2018 ZENTROPA ENTERTAINMENTS31, ZENTROPA SWEDEN, SLOT MACHINE, ZENTROPA FRANCE, ZENTROPA KÖLN

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配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム

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監督・脚本:ラース・フォン・トリアー

出演:マット・ディロン、ブルーノ・ガンツ、ユマ・サーマン、シオバン・ファロン、ソフィー・グローベール、ライリー・キーオ、ジェレミー・デイビス

2018年/155分/シネマスコープ/5.1ch/英語/原題: The House that Jack Build/日本語字幕:齋藤敦子

配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム 【R18+】

 

この映画の予告編です。

 

https://www.youtube.com/watch?v=O2aqdBDyAuw

 

情報 2

 

監督自身がベストと呼ぶ。『ドッグヴィル』(Dogville)
2003年にデンマークで製作(撮影はスウェーデン)された映画である。監督・脚本はラース・フォン・トリアー、主演はニコール・キッドマン。


 

▽Look Book Cook Records

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Profile

  • 桑原 茂一

    初代選曲家、毎週金曜日夜11時Mixcloud PirateRadio(海賊船)、 創刊1988年 free paper dictionary編集長