下町。Vol.8

地ソースの聖地とガバナンス。

10.15, 2018

TRAVELING COFFEE 店主:牧野 広志
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数年前にこんな会話から始まった始まり。

 

私「え?あそこにホテル作るん?」

 

私「え?もうできたん・・」

 

私「スーパー前のコクヨでしょ、隣は生コンの、、」

 

事の始まりは地元トンクの友人からの一本の電話。

 

毎日通ってた。

 

あ、確かに工事してたなぁ。

 

東九条、烏丸札の辻交差点を西にすぐ、スーパーフジタの前、

 

学生寮をリノベートして生まれたホテル&アパートメント、

 

エントランスにはギャラリーもあり(GALLERY9.5)。

 

 

友「そこのパーティーに来て欲しいて、」

 

私「え?誰から、、」

 

友「そこの人から、」

 

私「なんで??」

 

友「なんやお洒落なホテルでパーティーらしいで」

 

私「そこに知り合いおらんけど」

 

友「俺もおらんで」

 

私「行くん?」

 

友「行こけぇ!」

 

私「美味いもん食えるん?」

 

友「しらんがな!」

 

と、こんなボケと突っ込みを友人と繰り返しやりとり。

 

 

実はずいぶん前から知っていた・・。

 

そこに何ができるかは、

 

その町に関わる人間にはどこからともなく耳に入る。特に下町では。

 

内装デザインは究極の副業バンドと言われた toe のメンバー「Metronome Inc」。

 

音響は ”女性にやさしいハードコア集団” と呼び名の高い「Jazzy Sport」。

 

東九条のど真ん中に東京の資本が入り、
地ソースの聖地になんとも洒落たホテルが建った。

 

それが HOTEL ANTEROOM KYOTO だ。
(2017年にはグッドデザイン賞を受賞)

2011年にオープンした HOTEL ANTEROOM KYOTO の成功によって、この下町はどんどん変化を遂げて行くきっかけの一つになった。

 

と、言うか本格的に動き出す始まりだったのだ。

 

この烏丸札の辻の交差点は九条と十条の中間にある。

 

いわゆるトンクど真ん中なのだが烏丸通りが中心なので比較的細かい路地はまだ少ない。

 

が、

 

一本二本と東に、そこを南に入れば隠れた古い町並みと細い路地は今も存在する。

 

アンテルームのパーティー後、
地元友人達とむかっかた店がホテルからすぐ烏丸通にあるリアルパイセンのお好み焼き屋「ごんぎつね」。

 

ここでテーブルを囲み赤を飲み鉄板焼きを突きながら、「あのホテルどおや?」とあれこれ話した。

 

友「あかんのちゃうけぇ!」

 

友「誰があの場所に泊んねん」

 

友「ここ九条やで」

 

友「せやけどまぁ嬉しいわな」

 

友「お洒落過ぎるんちゃうん」

 

私「なぁ、コンクリートにあった猫の足跡見たか?ありゃわざとか?後付けか?」

 

友友友友「しらんがな!」

 

と、気の荒い友人達の一発セリフでグイグイ赤を飲み干す。

 

友「まぁ、しかし俺らをパーティーに呼んだのは正しいわな、」

 

友「せやな、正解やわな」

 

一体全体何が正解なのか今だに我々の頭の中には「?」マークがついたままだ・・

 

と、誠に勝手な酔っ払い話しで最早記憶は脳ミソの片隅にも残ってはいない・・・・。

 

(これは当時の生々しい会話の一部だ。あの時まだ東九条はそう言う空気だったのだ。外から来る者を受け入れ難いと言う・・)

 

ただ私はそうは思わなかった。

 

ここにカンフル剤の様な起爆剤が一発落ちれば、砕けかけている町は蘇ると心底思っていたし、しがらみのさほど無い資本が入れば人の流れは良い意味で変わると、、

 

アナーキーでカオスな町は晩年のハングリーに寄って生まれ変われるのだ。

 

私にとってこの烏丸札の辻の交差点は東に煙突とドンつきに松ノ木団地が見える交差点でしかなかった・・・

その十字路、

 

そして、あかんどころかホテルの稼働率の凄い事、、

 

オープンしてすぐに予約の取れないホテルになってしまった。

 

「地元人より、どうやら東京でうけてるらしい、、」

 

オープン当初はいろいろな話しが交差し私の耳に入ってくる時には、尾ひれはひれがついてくる、、

 

まぁ、よくある話しだ。

 

ともあれ見事に HOTEL ANTEROOM KYOTO はこの町のシンボリックとなった。

 

(酔っ払って話した数々の無礼はこの場を借りてお詫びします。)

 

いくらお洒落でデザインが良くても稼働率の低いホテルも当然あると思います。

 

噂に聞くこのアンテルームの稼働率、

 

それはホテル側の姿勢の素晴らしさから生まれた答えだろう。

 

この地域にうち解ける為に努力と協力と理解を拒まない形を試みたのだと思う。

 

そして我々はとにかくここに泊まる入洛者には粉もん屋を徹底的に紹介した。

 

持ちつ持たれつの関係はこの町にとって何よりも必要でり大切である。

 

もっと簡単に言うならば持ちつ持たれつより、”よそもん” は先ず持ち続けてこそ認められ、そこでやっと持たれられるのかもしれない・・
(大袈裟に言うならば。)

 

その代表的な一つの道具と文化が食いしん坊の胃袋を支える国境なき「食」であろう。

 

おいおい!
また ”お好み焼き” の話しかい!
と言われそうだが・・

 

粉もんをこよなく愛する筆者にとって、毎日食べる下町の味なのです。
なので少々お付き合い願いたい・・・。

 

映画「スカーフェイス」のアルパチーノの様に顔面真っ白、粉だらけになるくらい好きです。

 

粉もん、

 

チェックワンツー ワンツー!

 

 

チョイスワン。

 

「ごんぎつね」
べた焼きも美味いが、やはりここは 牡蠣の焼きそば が最高だろう。
牡蠣の数は自分で好きな数を選べる。
1個でも2個でも3個でも・・・10個でも・・・
ちなみに私は3個派です。

こちらの大将は キングラガマフィン カーティスフライ師匠と同級生と言う地元ならではのゲットーブラザー。

 

チョイスツー。

 

「マスミ」
烏丸十条の交差点北東、ここは筆者が通い続けている一軒である。

ここの天カスはとにかくカリカリで大きめのやつを使う。
べた焼きの中でゴリゴリサクサクと歯ごたえ良し!

 

焼きそばの時にはその大きな天カスにソースが染み込み麺に絡みつく。
他に無いスタイルの焼きそばである。
この焼きそばにハマる入洛者も多い。

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鉄板焼きのメニューの品数もトンクいちと言って良いだろう。

 

マスミの大将と女将さんには大変お世話になっている。
筆者の誕生日の時にはお好み焼きにローソクを立て友人達と祝ってくれたり、

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食後にコーヒーを出してくれたりと、
今は娘さんもお店を手伝い華やかさが増している。

 

 

チョイススリー。

 

「まつもと」

車が通れない細い路地に見落とす感じの一軒。
店内は5席ほどだけの小さなお店です。

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ここにはメニューにスジが無い、、
べた焼きは油カスとイカ、これで間違い無し!
このお店、私的にはトンクトップ5に入る店。

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あまり人様に教えたくないお好み焼き屋でもある、、、
近所の銭湯帰りにサクッと寄る。

せっかくお風呂に入ったのにまた全身にソースの匂いが・・・
それでも一人でふらりと立ち寄ってしまう。
そう言うこじんまりした店なのだ。

 

 

粉もん意外なら、

 

「おんまの店」

 

烏丸札の辻交差にある朝鮮食品 キムチの店である。

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こちらの季節のキムチにうっとりしてます。
とにかくここの 青梗菜の水キムチ 小松菜のキムチ ゴマの葉チヂミ のファンなのです。

おんまでキムチを買い車のトランクに積むと・・
まぁ、あっと言う間に車内には強烈な匂いが染み渡る。
それでも買わずにはいられない。

 

さて、さて、ここは地ソースの町。

 

東九条と言えばやはり ツバメソース だろう。

この烏丸札の辻交差すぐ北西に聖地がある。

 

トンクが生んだロイヤルストレートフラッシュ!

 

1930年に京都で生まれた地ソース、それがツバメソースです。

 

その歴史を辿ると、

 

1933年(昭和8年)には商標権の問題によりツバメソースの名を一時「タワーソース」として営業を続けたそうだ。

 

そして、1936年(昭和11年)には再びツバメソースとして復活を遂げる。

 

その三年後の1939年(昭和14年)に勝田三兄弟によりツバメソースを開業。

 

これが昭和の東九条が生んだ下町最強伝説、無敵の地ソースなのだ。

 

昭和5年の創業年に鉄道「特急つばめ」が走り始じめた事から「ツバメソース」と名付けられたとも言われています。

 

そして、ツバメソースにも種類がいろいろとある。

 

ウスターソースを筆頭に、オリソース、お好み焼き用、焼きそば用、とんかつ用、ビフテキ用、そしてゴールド。

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この地域のお好み焼き屋はこのソースをブレンドしてオリジナルを作る。
(当然、私も自分のオリジナルブレンドを作って持っています。)

ある日、この地に大手ソースメーカーが参入してきたと聞いた。

 

地ソースは誇り高き人々に寄って守られている。

 

しかも一癖も二癖もある地で、

 

どんなに相手が巨大であろうともこの小さなブロックはまだまだ立ち向かう底力を持っているのだ。

 

但し、きちんと行儀よく順序さえ守れば受け入れてくれる優しい町でもある事は確かだ。

 

下町とはそう言う人達の心のよりどころであろう。

 

この町の資本では無い街づくりの中に溶け込み、
この町の本当の姿に触れる事がアナザーキョウトと言っても良い。

 

町づくりはできない。

 

街は作れても、町は作るのでは無く溶け込む事に意味がある。

 

鉄板越しに会話をすれば自ずと答えが見えてくる。

 

そこに最強のカードが隠れている。

 

貴方もそのカードを引く時が来るかもしれない。

 

それがエースかジョーカーかは「運」もしくは貴方次第である。

 

もう一度言おう、それがアナザーキョウトだ。

 

豊かとは飛行機に乗ってハワイまで泳ぎに行くことではなく、
京都の身近な中で楽しみを見つけて泳ぐこと。
自分の近くにあるもで心底楽しむ気持ちが豊かである。

 

その豊かさがこの町にはまだ残っている。

 

さぁて、今日はコーヒーを飲まずに帰ろう。

 


 

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Profile

  • 牧野 広志TRAVELING COFFEE 店主

    1966年生まれ。
    94年渡仏、90年代をパリ ルーアン リヨンで暮らす。
    2002年 帰国後、京都の新しい情報発信空間の提案者として文化と地域に密着中。


    -TRAVELING COFFEE -
    昭和2年築の木屋町 元・立誠小学校 職員室で営業していたTRAVELING COFFEE が耐震補強工事の為に高瀬川沿いに建てられた仮設の立誠図書館内で営業。
    図書館の選書はブックディレクター「BACH」幅允孝氏。
    珈琲はブレンド2種類に加え、シングルオリジンは京都府内の焙煎所を毎月選び焙煎家と話し合い常にオリジナルを4種類程オーダーメイド。