下町。Vol.16

上の人と下町模様。

3.20, 2019

TRAVELING COFFEE 店主:牧野 広志
  • art&culture
  • food&liquor
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下町の地ソースはツバメ、

 

上の地ソースはヒロタ、

 

上品な街にも下町文化な地ソースがある。

 

おそらく京都市内に住んでいる人にしか理解できないであろう、

 

それが京都感覚の脳内地図。

 

洛中てどこまで?

 

下京、中京、上京までなのか?

 

御土居に囲まれた部分だけなのか?

 

とりわけ下町と中心地と上とではいろいろなパワーバランスがあり天秤では測りきれない重さがある。

 

私は、洛中と言うワードの中に意識のズレが見られるようにも感じる、

 

京都らしいと言えば非常に京都らしいのだが・・・

 

 

さて、

 

そんな洛中言葉を振り切るのが、北区の上(かみ)のお上品と言われる方々、、

 

物腰の柔らかさと流ちょうな言葉使い、

 

何より怖い「うちは上ですから」と言う一言でガクブルです・・

 

理解しにく一言。

 

私が若き日に勝手に思ったイメージ、あくまでもイメージ、

 

お金持ちの住む町、大きな屋敷と高級車、なんだかお洒落な日常と自宅でパーティー、

 

マダムな感じ。

 

家にはお手伝いさんがいたり、お子様の学校は送り迎え付きだったり、

 

とにかく別世界。

 

上だけあって上から目線的な部分があったり、

 

でもそれって実はちょっと違ったニュアンスもある。

 

誤解されない様に言っておきます、

 

このコラムでも良く書いているのだが、地域愛の強さゆえ生まれた一言であろう。

 

自分達は下では無く上に生まれ育ったと言う何代も受け継がれた地域愛、

 

うんうん、そう思うと確かにその「うちは上ですから」と言う言葉は尖っている様で実は守りなのであると、

 

そしてその守りとは、京都でもっとも古い神社である賀茂別雷神社(通称 上賀茂神社)なのかもしれない。

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堀川通りをひた北に向かい加茂街道と交わると加茂川に御薗橋がある、

 

御薗橋を渡れば、そう、そこには上賀茂神社が凛とした空気の中に広く大らかに強く主張する事なく構えている。

 

このなんとも言えない余裕の塊である上賀茂神社こそ、上の人が守ろうとしている聖地ではなかろうか。

おそらく無意識のうちに、、、。

 

品の良さや、どこかしら涼しげな雰囲気はまさに上の人と上賀茂神社の接点なのかもしれない。

 

 

さて、

 

上賀茂神社に行けば、大人気の「今井食堂」がある。

元々は、うどん屋からはじまったお店、

ここの3日間真っ黒になるまで煮込んだ ”さば煮定食” がいつのまにか全国区になってしまい、お店も有名店に、、、。

私達にしてみれば、近くまで行けばパッと入ってパッと食べる定食屋、気軽なお店だったのに・・

 

今や行列のできる定食屋・・・

 

近くに京産大がある為、学生さんが来たり、タクシーの運転手さんが来たりと使い勝手の良いお店であった。

 

(それこそ学生時代は、100円で売っていた鯖の缶詰を買い鍋に入れ温めて、ちょちょと調味料を加え煮込む、鉄皿に入れ自家製今井食堂風の鯖煮定食を作ったり、、と。)

 

(こんな事してたら今井食堂さんに叱られますよね、、、。)

 

非常に身近な物でした。

 

並んでまで上の人は食べないだろうなぁ・・・

 

 

そして上にもアナザーキョウトは存在する。

いや、存在した、、いやいや静かに薄く存在している。

 

高齢者が、、

 

ただ間違って伝わっている部分も非常に多いと筆者は思う。

 

そこが北区衣笠開キ町にある砂防ダム内の町、

 

千本北大路交差点近くにある大学、その裏手には砂防ダムがある。

 

砂防ダムとは、貯水機能では無く川の土砂を貯めることが目的に設備されたダムである、

 

天神川の上流部となる紙屋川。

 

2012年にこの地に水害があり被害が出た、

 

それから数年、、

 

この水害により、2016年に強制撤去が始まったと言っても良いのかも、、、

 

砂防ダム内に作られた町、当然大雨が降れば泥や砂が民家へ流れ込み非常に危険である。

 

長年この地を愛し住んでいた町が突然消えて行くのか、、、

 

この一帯、フリーダムな話しがいろいろと世間に出回っているが、私はちょっと違うと感じるところもある、

 

戦後すぐに作られたダム、その後当然人も住むだろう、理由はいろいろとある、

 

不法占拠で出来た町とも言われている、

 

若き日、友人がすぐ近くに住んでいた為幾度と無くこの地を通ったりふらりと行ったものだ、

 

東九条の0番地とも似た様な雰囲気の場所もあるが、

比較的良くある閑静な住宅街である。

 

ただ、一部を除いては・・・

 

この町も水害と言う名のもと消えていき次の開発が始まるのだろうか、、、。

 

京都から消えてゆく歴史、

 

古い歴史は美化され残されていくのだが、キナ臭い匂いがすれば歴史から消されてしまう、

 

もっともっと時が経てば再び世に出て深い歴史の大切さがわかってもらえるのでしょうか、

 

それともその様な歴史は無かった事になるのでしょうか、、

 

まだまだ奥が深く闇である。

 

 

さてさて、

 

上のうまいもんやへ。

 

「炭焼 きむら」

数年前に聖護院 京大熊野寮の隣から、下鴨本通北大路交差点すぐに移転した名店。

メニューは上に移っても当時のまま、

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炭焼で串焼き、とにかく美味い!

 

大将も変わらず、

 

移転当時は煙の事や上品なお客層を少し心配されてましたが、今ではすっかりこの地の名店になってます。

 

いつ行っても昔と変わらぬ味、

 

この美味しさは地域レペゼンを越えている!

上で焼肉と言えば、

 

1968年創業「一二三」。

私のお気に入りの一軒、

 

そうまさに上賀茂神社のすぐ横で、

御薗橋を渡り北へ一つ目の信号を京産大方面の峠へ右折、柊野別の信号手前。

 

こちらの焼肉、とにかく美しい。

お肉が綺麗。

長い歴史の秘伝のタレ、

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赤身すじに釘付けです。

場所もなかなかディープな土地名で、京都の土地名にはいろんな意味が含まれています。

柊野別とは・・・

 

 

さて、

 

ちょっと下がって北大路堀川の、

昭和36年創業「喫茶翡翠」でコーヒー飲んで一息。

この喫茶店の昭和感は下町模様の何者でもないと感じているのは私だけでしょうか。

とにかく上と言う地は全てを飲み込む奥深いマダムな街であると、今でもたまに思ってしまう、、、

 

なぜだろう・・・

 

この続きはまたいつか。

 

そして春はもう近い。

 


 

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Profile

  • 牧野 広志TRAVELING COFFEE 店主

    1966年生まれ。
    94年渡仏、90年代をパリ ルーアン リヨンで暮らす。
    2002年 帰国後、京都の新しい情報発信空間の提案者として文化と地域に密着中。


    -TRAVELING COFFEE -
    昭和2年築の木屋町 元・立誠小学校 職員室で営業していたTRAVELING COFFEE が耐震補強工事の為に高瀬川沿いに建てられた仮設の立誠図書館内で営業。
    図書館の選書はブックディレクター「BACH」幅允孝氏。
    珈琲はブレンド2種類に加え、シングルオリジンは京都府内の焙煎所を毎月選び焙煎家と話し合い常にオリジナルを4種類程オーダーメイド。