贈り物は突然に。Vol.9

例えばリコちゃんに遊んでもらいたい

人間には「欲」というものがある。食欲、睡眠欲、性欲、そして実は「相手に贈り物をする」という行為も、“あの人の人生に関わりたい”という欲の1種ではないのかと思った。

9.13, 2018

Columnist:Aya Matsuo
  • essay
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子供と遊ぶ。

と大人はよくいうが、本当は

 

子供に遊んでもらう。

が正しいんじゃないかと思っている。

 

子供は正直だ。大人のように「愛想笑い」もしないし「好き」「嫌い」をど直球で投げてくる。

子供の辞書に「忖度」の二文字はない(逆を言えば辞書に忖度が載れば、それが大人になった証とも言える)

遊びたかったら子供同士だろうが大人相手だろうが一人ぼっちだろうが遊ぶし、

遊びたくないときは断固拒否するパワーもある。

 

 

それを知らずに、友人の子供のリコちゃん(可愛い)にへらへらと笑いながら「一緒に遊びまちぇんか」などと問いかけ

ギャン泣きもしくは無関心の顔をされたときの悲しみたるや。

 

だが(できる限り)リコちゃんの立場になってみるとそれも無理はない。

「ウヘヘヘ。どうれ遊んであげよう」などという明らかに邪悪な気持ちの大人など、大人の自分でもまっぴらだ(その邪な大人は自分だということを置いといて)。

 

それでもどうにかして

リコちゃんに「一緒に遊んであげるね」と言ってもらいたい。

 

結局子供に遊んでもらうにあたって有効なのは「いかに同じ目線に立てるか」なんだろう。

自分にとっても馴染みの深い某あんぱんのキャラならば共に歌ったり「ごっこ遊び」もできるけれど、うっすらとしか知らない某妖怪キャラを口にしようものなら、ものの数秒で子供たちが離れて行ってしまう。大人目線での”なんとなく”、は決して通じないのだ。

 

 

さて、同じ目線に立てるもの。多分それは自分が子供の時に一番好きだったおもちゃがベストだ。

愛想笑いも、邪な考えもなく、自分も子供心に戻れるもの。

子供だからって変に忖度せずに、夢中になれるもの。

 

それは超合金ロボットでも魔法使いの変身グッズでもフラフープでもなんでもいい。

自分の場合はなんだったろうか。

そう言えば「あなたはパズルと積み木の天才ね」と子供時代に親から褒めてもらったのを思い出した(それ以外に特に褒めるところがなかったのだろうけど)。

 

色と色、形と形、文字が読める年齢になれば文字と文字のつながり。

積み木を三角、四角、四角、と積み上げただけの代物が自分にはロボットに見えて、友達には家に見えていたのも不思議で面白かった。

ただの木や、紙でできたものなのに、そこには無限の遊び方があって、

積み木もパズルも割と大きな子供になるまで夢中で遊んでいた。

そんなことを思い出しながら気がついたら黙々と積み木を積んでいたようだ。

 

「ねえねえ、一緒にあそぼ?」

 

天使…じゃなかったリコちゃんがいつのまにか横で笑っていた。

 

 

 

絵と形と文字で遊べる、子供が口にしても安全な無塗装天然木の積み木はこちら

 


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Profile

  • 松尾 彩Columnist

    フリーランスのエディターとしてファッションからアウトドアまで幅広い雑誌・ムック・カタログなどで活動。現在はコラムニストとして主に旅紀行を執筆。また猫についてゆるく語る「ネコテキ」を小学館「しごとなでしこ」にて連載中。夫婦料理ユニット「サイトウのゴハン」レシピ担当。

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