~On The Road~ 車の生活 Vol.17

どうやって生活しているのか? 【仕事編②バイト遍歴】

家に住むことを辞め、
車で生活するDJ河合桂馬のVanlifeダイアリー。
(第17話) どうやって生活しているのか?
【仕事編②バイト遍歴】

7.8, 2019

DJ:河合 桂馬
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前回の執筆時点ではパリにいましたが、あれからブリュッセル→アントワープ→アムステルダム→ベルリン→ウィーン→ローマとまわり、

 

現在は地中海に位置するマルタ共和国の、マルタ島にいます。ローマから直行便のフライトで、所要時間約1時間半のマルタ島は、多くの観光客で賑わっています。

 

さて、前回のVol.16では何のために働くのか?ということを今一度考えてみましょうというお話しをしました。

 

今回からは、自分の仕事遍歴を振り返り、どのような経緯でフリーランスのDJに至ったのかをお伝えしたいと思います。
そんなこと誰も興味ないかも知れませんがどうかお付き合いくださいませ(汗)。

学生時代

Vol.1の河合桂馬の人生年表にておおまかな仕事遍歴はお伝えしましたが、もう少し掘り下げて学生時代のバイトから振り返ってみることにします。

 

 

【元気寿司川越店】高校2年、時給600円ほどの初バイト。寿司が好きで、まかないで寿司が食べられると思って働いたが、25%オフの社割チケットしかもらえず、お金を稼ぐことの大変さを学ぶ。

 

 

【ウィング(地元カラオケ)】浪人時代は実家の近くのローカルカラオケ店でバイト。めんどくさい酔っ払い客への対応を学ぶ。泥酔者がリバースしたものを処理するという苦行も強いられた。

 

 

【銀のさら】まかない寿司への希望が捨てきれず、デリバリーの寿司店で働くも、バイト初日の配達途中に友達のこうへいの家に寄りタバコを吸い休憩して店舗に帰ると、遅すぎる&タバコ吸ったことが匂いでばれ店長に怒られ、ムカついて1日でバックれる。
どう考えても自分が悪かった。ごめんなさい。

 

 

【ジーンズメイト池袋本店】大学入学後都内での初バイト。はじめは日勤だったが、24時間営業ということで時給の高い夜勤にシフトし、深夜に買い物に来るホストへの接客販売を学ぶ。
DJをやっている先輩スタッフがいて、その先輩にDJを教えてもらい、クラブでDJをさせてもらえるようになった。

 

 

【グッドウィル】日払いの魅力に惹かれて派遣バイトをかじる。初対面の人達とうまく仕事をしていくコミュニケーションを学び、引っ越し、イベントスタッフ、工場作業などを経験。工場作業では、一緒に派遣された友達のけんちんと一緒に、ゴスペラーズの写真集をテンポ良くパレットに積み上げるという仕事を進めていると、他の作業員よりもどんどん難しい仕事を任されるようになるにも関わらず日給は変わらないので、頑張り過ぎも良くないと学ぶ。

 

 

【カプリチョーザ ワカバウォーク店】
飲食店のホールスタッフを経験。スタッフ同士のチームワークを学ぶ。
DJ活動のため学校に行かな過ぎて大学卒業が危ぶまれ、通学時間短縮のため実家の埼玉から都内へ引っ越しを決意する。
それに伴いバイトを池袋地区で探していると、店長から南池袋店に異動しないかと提案を受ける。しかし都内で生活するためには今の時給では無理で、時給¥1000以上じゃないと辛いと話すと、今までの働きを認めてもらい、移籍金時給¥1000にて南池袋店へ。
やっぱり頑張るといいことがあると学ぶ。

 

 

【カプリチョーザ 南池袋店】
時給¥1000というのは、南池袋店で一番キャリアの長いバイトスタッフよりも高い時給なので、時給のことは誰にも話さないでくれとのことだった。
新入りのくせに一番高い時給をもらっている以上頑張らないと申し訳ないと思い、接客により一層力をいれて頑張っていたら、カプリチョーザ以外にハードロックカフェなどを展開するWDIグループの全国のスタッフの中から選ばれる、ベストホスピタリティ賞を受賞。
やっぱり頑張るといいことがあると再確認し、
大学卒業時まで続けた。

 

 

【読売新聞勧誘】カプリチョーザとかけもちで、大学生しか登録できない、セールスメイトという読売新聞の勧誘のバイトをはじめた。

 

契約件数の結果次第で当時最高時給¥5000という、完全能力主義の世界に足を踏み入れる。
契約が一件もとれなくても最低時給¥1000は保障されている。

 

胡散臭い軽妙なトークで契約数を伸ばし、
最高時給¥3000まで到達した。
飛び込み営業で人から断られることへの免疫をつけた。

仕事のやりがいって?

カプリチョーザと新聞勧誘。

 

同じ時給¥1000のアルバイトを並行してやっていたのですが、新聞の勧誘は長くは続きませんでした。

 

なぜなら、楽しくないから。

 

仕事の忙しさでいったら圧倒的にカプリチョーザのほうが大変だし、新聞勧誘は時給¥3000まで到達しました。

 

でも、新聞の勧誘をしても誰からも喜ばれないのです。

 

新聞の勧誘員は、戦地に赴く傭兵です。

 

新聞勧誘は、毎回違う販売店に派遣される初対面の5、6人のセールスメイトのチームで編成され、新聞販売店に赴き、敵側の情報(顧客のリスト)と、昼食代の¥1000を手渡される。

 

そこからみんなでファミレスに行き、昼食を食べながら、その日勧誘する担当区域を振り分ける作戦会議をする。

 

昼食後は各自自由行動。
大将の首を獲りに(インセンティブ欲しさに)真っ先に営業にでる者もいれば、契約が一件もとれなくても時給¥1000なので、死なずに生きのびようとする(そのままファミレスでサボる)者も当然いる。

 

勧誘リスト宅のインターホンを押し、
「読売新聞です」と伝えると、そのままガチャんと通話を切られることなどあたりまえ。

 

運良くドアを開けてくれても、
「どうせ勧誘だろ、帰ってくれ!」

 

でもそこからなんとかセールストークで粘り、
肉弾戦では無理だと判断した場合は、
C4などの飛び道具(ビール券や洗剤)を駆使してなんとか契約をこじつける。

 

営業が終わり戦地から販売店へ戻るも、
「おつかれー」と、
今日の味方は明日の敵かのごとく、
あっさりと任務完了。

 

(※ちょっと不適切な表現だったかもしれませんが、もちろん僕は戦争反対です)

 

やはり、この働きかたに楽しさは見出せませんでした。

 

カプリチョーザでは、料理が美味しいとか、ステキな時間が過ごせたとか、お客さんが喜んでくれることが何より嬉しかったし、従業員同士のコミュニケーションの大切さなどを学び、楽しかった。

 

新聞勧誘をやったメリットを挙げるとすれば、
お金のためだけに働くことへの疑問をもてたことと、

 

センター街で片っ端からナンパして全員にシカトされてもへこたれないメンタルが鍛えられたことでしょうか。

 

次回Vol.18 社会人編へつづく

 

 

文・写真:河合桂馬

 


 

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Profile

  • 河合 桂馬DJ

    2002年、club青山MIXにてHOUSE DJとしてのキャリアをスタート。
    GREENROOM FESTIVALなど全国さまざまな野外フェスに出演し、日本最大級のキャンプフェスGO OUT CAMP最多出演アーティスト記録更新中。近年活動の幅を海外フェスにも広げている。TOYOTA HIACE ウェブCM、KIRIN生茶広告など多数メディアに出演中。