2019.1
特集 なんかイイ、荻窪

第四話 荻窪の末っ子の物語

アダチという青年のあとをついて行くと、荻窪の<普通に便利>なところの奥にある、なんだか優しいものが見えてきた。ふらりと住み着いた彼はまたふらりと別の場所へ行ってしまうかもしれないけれど、それでも今は“荻窪の住人”としてここに生きている。

1.30, 2019

  • lifestyle
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私は昭和二年の初夏、牛込鶴巻町の南越館という下宿屋からこの荻窪に引っ越して来た。
その頃、文学青年たちの間では、電車で渋谷に便利なところとか、または新宿や池袋の郊外などに引越していくことが流行のようになっていた。
新宿郊外の中央線沿線方面には三流作家が移り、世田谷方面には左翼作家が移り、大森方面には流行作家が移って行く。それが常識だと言う者がいた。

 

ーー井伏鱒二「荻窪風土記」ーー

荻窪在住の著名人は多い。中でも昭和初期の文豪・井伏鱒二は関東大震災を機に荻窪へ居を移し、精力的に作品を生み出した。彼の書いた荻窪のエッセイ「荻窪風土記」には自然の残る当時の荻窪や、そこから発展して行く様子などが描かれている。

他にも太宰治、与謝野晶子夫妻など多くの著名人が荻窪に住んでいた。

さて、冒頭で引用した一文だが、案外現在のアーティストたちの居住エリアにもほぼそのまま当てはまるのが面白い。
バンドマンなどのオルタナ的なアーティストたちは未だ中央線沿いに多く住み、オシャレ系のアーティストは世田谷方面に多く住む。
流行系の人々は横へというよりも上に移動(タワーマンション)していってるというのが少々違うくらいだ。

 

井伏鱒二は人気作家ではあるけれど、もちろん人気作家になったから荻窪に越してきたのではない。まだ山や畑の残る風景を気に入って荻窪に土地を借りたものの、大工にお金を持ち逃げされ危うく家が立たないところだったり、結婚もしたもののお金をあればあるだけ使ってしまったこともあったそうだ。
「荻窪風土記」を読むと、荻窪の風景や周りの人々、戦前戦後のカルチャーなどが彼に多大な影響を与えていたことが読み取れる。

 

さて、昭和の文豪と(だいぶ時代は離れたけれど)入れ替わりに平成の世に荻窪に住み着いた我らがアダチはバンド「ペドラザ」のギター&ボーカルであり、歌詞を全て手がけている(曲はみんなでアイデアを持ち寄るそうだ)。

ロックでポップでオルタナなジャンルであるけれど、歌詞を含めどこかニュートラルな視線があり、身近なようであり、自分とは違うでも同じ時代を生きている人の言葉のようであり、ミュージックビデオ含めなかなか癖になってしまった。

飄々としているし隙あらばビールを飲んじゃうアダチだけれど、アダチに近い人間にこっそり“アダチ像”を聞いてみたらこんなことを言っていた。

「時々何を言っているかわからなくてスルーしてしまうこともあるけれど(笑)、バンドリーダーとしては頼れる存在だと思う。もともと文字を書くのも得意なようで(ツイッターのつぶやきはとても面白い)、だからやりたいこと、やりたくないことをきちんと伝えてくる。かっこいいミュージックビデオは作りたくないというけれど、だからと言って全部ふざけている訳でもなく、色々と俯瞰でものを見ることもできるし」

 

とのこと。

そんなアダチのあとを追って今日は南口にきてみた。

3話目までは主に北口中心に荻窪を見て回ってきた。

 

さて南口はどうか。

 

アダチの自宅は「南口」にある。

荻窪七不思議、ではないけれど荻窪にまつわる謎に「北口と南口、地上で行き来しにくい」問題がある。徒歩であれば駅ビルや駅ナカを通して反対側に行き来できるけれど、自転車で横断しようと思えば西口まで回るか、少し離れた地下道路を通るしかない。

駅のすぐ横には踏切や横断歩道らしきものがあるけれど、金網でガッチリと閉鎖されどうやらここは工事車両専用のようだ。

今では駅の高架化がどんどん進められているけれど荻窪駅だけは高架化がされていない。なんでも戦時中に輸送路として陸橋を優先的に建築したために駅の高架化が難しいとかなんとか。

さて、南口も駅前は商店街があり、北口同様便利なお店が勢揃いしている。そして商店街入り口付近はやはりごちゃごちゃとはしていた。

 

そこから善福寺川の方へ歩いて行くと少々趣が変わってくる。

 

とにかく家々が大きい。そして都心とは思えないほどの静けさがある。

なぜならもともと、荻窪といえば高級住宅街だったからだ。

 

高級住宅地、というと少し語弊があるかもしれない。
古くは自然の森が残る自然豊かな土地だったそうだ。関東大震災後、人口の多い都心には住みたくない若者が集まり始め、また近衛文麿がここに別荘地を立てたことから「西の鎌倉・東の荻窪」と呼ばれるほどの人気の別荘地エリアとなったそう。

 

「東の荻窪」。今の荻窪(と、アダチの住む年季の入ったアパート)をイメージするとにわかには想像しにくいけれど南口の瀟洒な住宅街を歩けばなるほど、と納得できる。

 

明らかに高級そうな大きな家なのだけれど、かと行って排他的な雰囲気はなく、”下から目線”でいうなら親しみの持てる上品な高級感。

 

文化人など、お金よりも(お金はもちろん持っているけれど)暮らしや文化を大切にしたい人たちに人気のエリアだったことが今の雰囲気にも繋がっているのかもしれない。

善福寺川にて

この辺りに流れる川をみて、アダチは実家(東京の郊外)や大学時代を過ごした長野県の松本市を思い出すそうだ。

「実家にも川があって、松本にも川があって、今は善福寺川がそばにある。静かなこの雰囲気がとてもいい」

公園で昼寝から読み解く(?)荻窪

さて、この日はアダチお気に入りの「荻外荘公園」へ行った。ここはアダチのお昼寝スポットだ。この公園は先述の近衛文麿が建てた別荘の一部である。今は公園として解放されていた。

 

正直、「長髪で、おかっぱで、ジャージを着たバンドマンが公園で寝る」と聞けば少々怪しい気もしていたが実際公園で昼寝をするアダチを見れば自然なほどに公園に溶け込んでいた。近くには凧揚げをして遊んでいる子供がいたが、特にアダチを見て不審がることももちろんない。

 

なぜ公園で昼寝をするのが好きなのか。

 

「近所の子供達に、あそこでいつも寝ている大人がいると認識されたいんですよ」

 

なんだそれは。だがよく聞けば

 

「荻窪は治安がいいから公園で寝ていても“変な人”じゃないっていうのがあるんです。ただ“あの人、公園でお昼寝しているね”っていう感じ。それがいい」

 

思わぬ答えに最初は笑ったが、実はそれはこの街の特徴をよくあわらしている気がした。

 

 

思えば現代では「公園で昼寝をする」が許される(法律なことではなく、いわゆる不特定多数の他者の目線ルール的に)ことが減ってきている。

 

オフィス街の公園で寝ているサラリーマンは“仕事がハードすぎるのか”と哀れみの目で見られるし、繁華街の公園で寝ていればそれこそ「怪しい人」扱いされたり、いくら日本といえども危険度もグッと上がる。

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「公園で昼寝」という本来ならただ楽しい時間であるはずのものが、文字通り「公園で昼寝」と受けとってもらえることがだんだん少なくなっている気もする。

 

だから「公園で昼寝」がそのまま通じる荻窪はやはり優しい街に思えてくる。

 

アダチは飄々としているけれど、こうやって時々結構人間の本質をついてくるのでドキリとする。

 

そう思ったら荻外荘公園の後に向かった大田黒公園で木漏れ日の中佇むアダチが、ちょっと文豪に見えてきた(個人の感想です)。

大田黒公園にて。

今回の取材は数日密着したのだけど、ある日アダチがポツリといった。

 

「荻窪は末っ子にちょうどいい街なんですよ」

3回目の取材時には他のバンド友達が遊びに来ていた。玄関は靴で満員。

アダチは上に4人兄弟がいる末っ子だそうだ。大人数なので末っ子ともなると基本放置されて育ってきたそうだけれど、上の兄弟たちが面倒を見てくれたり、時にパシられたりしながらも自由に育っていったそうだ。
(余談だけれど現在配送業の仕事をしているアダチ。兄弟に楽しくパシられたおかげで、今の仕事は天職かと思えるほど楽しいそうだ)

「荻窪は静かで街自体の年齢層もちょっと高い気がするんです。だから年上的な人にもたくさん出会える。
例えば前に働いていた居酒屋は、日本酒の品揃えがとにかくすごいお店だったんです。僕日本酒が好きで、ある日お店で飲んでいた時に当時の店主に「働かせてくれ」って酔った勢いで交渉して。「本当は女の子がいいんだけど」なんて言われつつも「ちょうど欠員出たからまあいいか」と雇ってもらえたんですよ。そこで日本酒の銘柄などを一生懸命覚えるうちにお客さんに「すごいやつだ」って褒めてもらえたり。あと家族麻雀で鍛えていて麻雀が強かったんですが、それも一芸があると言うことで年下だけど対等に扱ってくれたり。
甘えさせてくれるし、対等に扱ってくれる雰囲気もあって、末っ子気質には本当にいい街(笑)」

配送業の仕事中にスナップされたアダチ。写真が雑誌ポパイに載っていたそうでこの日の酒の肴になっていた。

アダチがここへ越してきたのは本当にたまたま。でも荻窪は彼が「住んで、生きる」のに居心地が良くて、大きな出来事もなくても平和に幸せに何年も過ごせる街だった。

 

「東京出身だけど荻窪は22歳くらいまで降りたことなかったし、ある日ふと思いつきで降りて散歩してみたら気に入ってしまって今に至ります。末っ子気質だったり、居心地の良さを求めている人に来て欲しいな」。

「あ、でも次会うときは松戸とかに住んでるかも」

 

と、変なオチがついたところで、荻窪に生息していたバンド青年を追うお話はここでおしまい。
次回は「松戸末っ子物語」で会いましょう(うそ)。

 

 

参考文献

井伏鱒二/荻窪風土記/新潮文庫

profile

ペドラザ

https://twitter.com/pedraza_band

 

アダチサマーソニック(Gt / Vo)、ぬちんちん(Dr)、吉水アンリ(Gt)というユニークな名前のメンバーとともに主に都内を中心にライブハウスなどで活動中。

 

2016年度ディスクユニオン主催のオーディション<DIVE INTO MUSIC.オーディション2016>に勝ち抜く。合格者はCDなどのリリースが約束され、現在アルバム「アイホープ アイシンク アイノウ」を配信中。

 

バンド名の由来は福岡ダイエーホークスの守護神ロドニー・ペドラザ

Profile

  • 松尾 彩Columnist

    フリーランスのエディターとしてファッションからアウトドアまで幅広い雑誌・ムック・カタログなどで活動。現在はコラムニストとして主に旅紀行を執筆。小学館kufuraにて旅エッセイ「ドアを開けたら、旅が始まる」連載中

  • 木村 巧Photographer

    1993年茨城県生まれ。在学中より、写真家青山裕企氏に師事。大学卒業と同時に独立。春からURT編集部へ。