2019.05
特集 A BEAUTIFUL LIFE 巣鴨

巣鴨、粋な街。

巣鴨といったら「商店街」
だけど観光地とはちょっと違う。
そこには住んでいる人がいて、確かな生活が続いている。

5.15, 2019

  • essay
  • lifestyle
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「巣鴨」と聞いて何を思い浮かべるだろう。僕はおじいさん、おばあさんの姿をイメージした。一本の細い道が商店街になっていて、そこには至ってマイペースな時間が流れている。そんな風に巣鴨を捉えていた。実際に足を運んだのは今回が初めてで、それまではテレビやインターネットから情報を得ていた。そのほとんどが、外側から来た人達が外側の人へ向けたもので、いわゆる観光地的な紹介のされ方が多い印象を受けた。URBAN TUBEで巣鴨を取材すると聞いた時、僕は巣鴨に住んでいる人達に目を向けようと考えた。URBAN TUBEの「TUBE」 には根っこや、ルーツというニュアンスが含まれいてる。そこには必ず人々の「暮らし」や「生活」が携わっている。少しでもそこに触れることが出来たら、URBAN TUBEらしい巣鴨の見どころを書けるのではないかと思った。

 

巣鴨駅を降りると早速商店街かと思いきや、オフィスビルやカラオケ、アパホテル、駅に隣接したスーパーなどがあり、勝手に抱いていた巣鴨像とはかけ離れていた。駅周辺は栄えていて、巣鴨にやってきた人達や、巣鴨で生活している人達、そのどちらの人も足を運びやすいような印象を受けた。大きな一本道、国道17号線白山通りを渡って、僕は巣鴨地蔵通り商店街へと向かった。

歩を進めるにつれ、すれ違う人の数が多くなってきた。街が賑わい、活気に溢れている。上を見上げると「巣鴨地蔵通り商店街」の文字。僕が最初にイメージしていた「THE巣鴨」の風景が目の前に広がっていた。後ろを振り返ると、大きな道路、背の高いビル、カフェが見えた。街の切り替えの早さと言っては変かもしれないが、ここから先は全くもって雰囲気が違うように感じた。利便性というよりはアナログな感じで、通りには情緒が溢れている。何も知らない僕にでも、確かな歴史を感じることができた。

商店街について深く触れないのも惜しいが、あくまで今回のテーマは「生活」である。となれば、早速人にインタビューだ!!!と意気揚々、椅子に座っているおばあさんに話しかけてみた。

 

あの、すみません、少しお話し伺ってもいいですか?」
「あ、はい。」
「あの、僕今巣鴨に住む人々の生活について調べてるんですけど。」
「ああ。」
「巣鴨に住んでいて良かったなってこととかって」
「分かんないっす。」
「あ、」
「分かんないっすね。すいません。分かんないっす。」

早速心が折れてしまった。余程見ているサイトが面白かったのか、おばあさんはスマホを食い入るように見ていて一度も目が合わなかった。また、語尾が「です。」ではなく「っす」であったことが僕の心を貫いた。がしかし、そりゃそうだ。いきなり質問をして、すぐに答えてもらえるだなんて虫が良すぎる。

 

続いて、買い物袋を持ったおばあさんに話しかけてみた。自分の素性をきちんと説明し、今日はどのような買い物をしたのか聞いてみた。おばあさんは、大したものじゃないよと答えてくれた。会話が成り立っていることをとても嬉しく思った。続けて巣鴨の良さって何ですか?という質問に対し、もう長いこと住んでいるから分からないと彼女は微笑んだ。素敵な笑顔に癒された。ありがとう。大きく手を振って、僕達は商店街の奥へと更に進んだ。何も聞けていないと気がついたのはそれから数分後のことだった。

 

その後も数多くの人に話しかけたが、あっさり会話が終わってしまう。かなり警戒されているのが分かる。若者の口から飛び出る「インターネット」という得体の知れぬ空間、僕達の素性でもある「URBAN TUBE」という横文字、カメラマンが手に持つ一眼レフ、そのどれらも巣鴨に住むおばあちゃん達にとっては、「オレオレ」と同義なのである。つまり、僕達が放つ言葉や行動に、何らかのリスクを彼女達は感じ取るのだ。分厚い心のバリアを張られてしまうのには、巣鴨ならではの理由があったのだが、この時それを知る由もなかった僕達はただ心が折れるばかりであった。

ファンキーおばさんは煙のように何処かへと

自動販売機で炭酸ジュースを買い、同伴してもらっていたカメラマンとこの特集記事は成立しないのではないかと頭を抱えていると、ファンキーなおばさんが目に入った。彼女はサングラスをかけながらコインランドリーの前で明後日の方向を見ていた。今夜のおかずについてでも考えていたのだろう。

 

落ち込んでばかりでも仕方ないと思い、声をかけた。

 

「すいません。」
「なにい?」

 

一連の前口上(素性、媒体、目的)を述べると、そうかといった感じで取材に応じてくれた。彼女はよく商店街で買い物をするらしい。今日は鮭を買ったとのことだ。巣鴨は住みやすい街かと聞くと、大学が近くにあるし、アクセスがとてもいいので便利な街だと言っていた。学園都市であるのは意外だった。

 

「最後にお写真だけいいですか?」
「事務所がねぇ。」
「入ってないでしょ!」

アハハハハと笑っていて気持ちのいい人だった。記念に2ショットを撮ろうと粘ってもダメそうだと思ったので、

「芸能活動頑張ってね!」
「アッチ系のビデオに出演かもよ〜」
「その割に顔写真はNGなんですね!」

 

またまた〜と言って、指先から出る煙のように彼女はどこかへと消えていった。
いや〜、やっぱり人とのコミュニケーションはいいですねぇ、なんて悠長なことを思っていたのだが、振り返ると有益な情報は何一つ手に入っていなかったことに気が付いた。とはいっても、見知らぬ人といきなり他愛のない会話を始めるなんて粋じゃないか。なんかそれも巣鴨っぽいのではと思い、文字に起こした次第である。

生活の痕跡アリ

一度商店街を抜け、人々が生活している土地に足を向けることにした。商店外の裏側は住宅街となっており、先程の賑わいとはうって変わって辺りは物静かな雰囲気に包まれていた。急に道が狭くなったと思ったら、広い場所に出たりと路地が迷路のように入り組んでいて、歩くのに飽きなかった。巣鴨と言ったら「商店街」。実際に足を運ばなかったら、商店街の真裏にすぐ住宅街が広がっているだなんて知ることは出来なかっただろう。どの道も共通して言えるのは、生活の匂いが常に漂っているという点だ。アパートの外壁に滲んだシミ、使わなくなった机が乱雑に置かれている小学校裏、安心しきってる猫、かったるそうに自転車を漕ぐお姉さん、どれもこれも生々しくも情緒があって人間らしい街だなというイメージを抱いた。

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人と話すのをもう辞めにしたらどうだろうか。僕はこの時そんなことを考えていた。
夕方までだらだら巣鴨を歩いて、「いや〜取材って難しいもんですね。お疲れした。あざした〜」とか言って、カメラマンとお別れをし、そのまま先程のファンキーなおばさんのように「URBAN TUBE」から姿を消してしまおうかと思っていたのだが、そうはいかない。僕が普段連載させてもらっているコラムで、まだまだ書きたいことがある。そう簡単にめげる訳にはいかない。
結局の所、人だ。巣鴨の「TUBE」に触れたいのであれば、必ず人と触れ合わなくてはならない。僕は勇気を出して、聞き込み調査を再開することにした。

「何なのよっ!!!」って取材だよっ!!!

踏切で電車を待ちながらキョロキョロしていると、「ギャハハハ」と爆笑しているおばあさん二人組みがこちらへ向かって歩いてきた。これはいける。

 

「すいませ~ん。」
「何!!!?」
「あ、」
「何よっ??」
「ああ、あの僕、URB」
「何なのよっ!!!」

 

帰ります。舐めていました。10人に声を掛ければ3人と会話が出来ると思っていた僕が甘かった。そもそも10人に話しかけることさえ無理そうだ。肩を落とし、商店街をトボトボ歩いていると、どこからかおばさんの笑い声が。

 

目を向けると、果物屋さんで働いている人達が楽しそうに話している。

 

「巣鴨を取材しているんですけど、助けてください!!!」
「いいわよ〜。」

 

気がつくと、僕はあらゆる工程をすっ飛ばした話しかけ方をしていた。絶対に怪しまれると後悔する前に彼女たちは優しく微笑んでくれた。

 

「取材が上手くいかなくて。」
「そりゃそうよ。」

 

おばちゃんたちの話を聞いていると、どこからかお店のお父さんが帰ってきた。

 

「◯◯さんのとこなんて、うん十万盗られたらしいよ。」

 

ナチュラルに会話に入り込んできてくれる感じがいかにも素晴らしい。そのまま話を聞いていると、近年電話を使った詐欺などが増えてきており、街一体で「気をつけよう。」という意識を強めているらしいのだ。なので、電話に関わらず「良く分からないもの」には出来るだけ関わらないようにしようという考えを持った人が多いのだと思う。

巣鴨に住んでいる方々にとって、我々は「良く分からないもの」だった。しっかりとバリアを張られ僕の心が折れたということは、街の「危機管理能力」が高いということである。素晴らしいことだ。

 

「街一体で危機感を持つ」というスローガンのようなもので、大勢に向けて「気をつけるように!!!」と叫んでいるようなイメージが浮かぶが、恐らくそうではない。実際に会って会話の中で情報交換をして、生身の言葉をもってして互いに危機感を高め合っているような印象を受けた。でなければ、街に住んでいる誰々がどう騙され、どれくらいの被害金額だったかなんて、知る由もないはずである。巣鴨に住んでいる人々全体を繋ぐネットワークの結びつき方が、アナログであるからこそ(買い物をしに来たお客さんとの会話等)、一つ一つの繋がりが頑丈で密度の濃いものとなっている。それがお隣さんに留まらず、全体に及んでいるという所にこの街の歴史を感じた。

 

戦前から続いているというこの果物屋さん。変わっていく商店街についてもお話を聞かせてもらった。近年肉屋、魚屋が減ってきたという。次の代へ続かないことが理由らしい。貸店舗も最近だと増えてきて、顔見知りも減ってきてしまったらしく、残っているのは電気屋などだと言う。理由は単純でそこが自宅であるからだ。

粋な街、巣鴨

では、このお店は何故ここまでやってこれたのかと問うと、一言「義理人情」だと彼女達は答えた。お互いのお店に足を運び互いに支え合ってここまでやってきたという。

 

「地域の人に支えられてやってるの。感謝感謝よ。」

 

果物屋のおばちゃんが僕たちに素敵な笑顔を見せながら話をしていると、いきなり白髪のおばさんが店に飛び込んできた。

 

「野球のチケットが余っているらしくってさ、今から後楽園行かなきゃなんないのよ!煮物預かっといて!!」

 

見覚えがあるなと記憶を探っていると、先程の僕の心をへし折ったおばさんである。何の躊躇もなく煮物を冷蔵庫に入れた果物屋のおばちゃんが

 

「どこの試合?」
「巨人よ。」

 

その後、今日は巨人戦があるとかないかとかで、僕も含めその場の全員で新聞のラテ欄を見たりし、大盛りがあがり。愉快だった。煮物のおばちゃんの笑顔を見て、やはり先程は警戒されていたのだなと再認識した。にしても、「店員と客」の距離感が物凄く近い。店に煮物を預け、そのままどこかに買い物へ行くだなんてあまりにも素敵じゃないか。思い返せば商店街にあったタバコ屋さんのおばさんも、お客さんが銘柄を言う前にタバコを手に取っていた。煮物を預かる方も自然と冷蔵庫に入れていたし、タバコ屋にいたお客さんも気が利くねといった一言がなかった。ごく当たり前のことだと言うことだ。この地域の結びつきが、巣鴨の強みだと果物屋のおばちゃん達は教えてくれた。
最後に写真をお願いすると、許可をいただけたのは店内に並べられている果物のみ。顔はもちろんのこと、店名、壁に飾ってある創業何年という記念写真までも写さないようにと徹底されていた。頼もしい限りである。巣鴨の事情を聞いてからでは、むしろそうであって欲しいと思えた程である。
名前が写らなくても、店の中を見ただけで皆どこのお店か分かるから大丈夫だと彼女達は笑っていた。本当にその通りだ。巣鴨に住んでいない方でもきっと分かると思うので、商店街に足を運んだ際には是非寄ってみて欲しい。(おばちゃん達!見てる!?約束通り宣伝したよ!)

最近では若い人も住み始めており、商店街にも貸店舗が増えている。古くから続いているアジのあるお店の隣に、タピオカ屋さんがあったりと様々な文化が入り混じっている。
僕が抱いていた、いわゆる古き良き「THE 巣鴨」像は、住んでいる方々が守ってきたものであったと分かった。果物屋のおばちゃんが言ったように、この街は義理人情で結びつき、「お隣さん」は単に真隣の家を指す訳ではなく、街の端から端までの人々を指す。粋な街なのだ。

 

果物屋さんのおばちゃん達には本当に感謝している。何故僕を受け入れてくれたのだろう。本当に切羽詰まった顔をしていたからだろうか。何にせよ、本当にありがたかった。コラムが公開されたら、果物屋さんにもう一度足を運ぶと約束をした。そして果物をたくさん買うのだ。この街の「やり方」に則って。

Profile

  • 落合のダッチワイフハガキ職人

    「お笑い芸人になりたい」と思い、新卒2ヶ月で勤めていた銀行を退社。
    プールサイドというコンビ名で活動中。
    毎週日曜21時からインターネットラジオ「プールサイドの25Mラジオ」を生放送中。趣味はラジオ投稿。
    現在はコンビニでバイトをしながら。日々の生活を楽しんでいる。

  • 木村 巧Photographer

    1993年茨城県生まれ。在学中より、写真家青山裕企氏に師事。春からURT編集部へ。