2018.07
特集 墨田区に、すもう

02 墨田区ワンダーウォール <つながるリノベーション>

墨田区は昔から「ものづくり」をする人が多く集まる街である。工場などの数は減ったものの、そのものづくりの精神は今もしっかり引き継がれているのは頼もしい。その中で、リノベーションを通して人とひとをつなぐ女性に出会った。

6.20, 2018

  • art&culture
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「チャキチャキでサバサバしてて、いい意味でおせっかいで、ぐいっと踏み込んでくるけど裏表はない人が多いかなぁ」。

画家の角田(つのだ)晴美さんに墨田区の女性像の特徴を聞いたらかえってきた言葉だけど、目の前にいる角田さんはまさにそんな感じだ。

墨田区の一部(本所辺り)は江戸時代に湿地帯を埋め立てて作られた。ちょうどその頃に左官職人だった角田さんの祖先が台東区から墨田区に移り住み、まちづくりに携わったそうだ。

時を経て角田さんは画家として、リノベーションや物件を扱う不動産屋さんとして、“墨田区”に関わっている。

ちなみに角田さんに会う前もリサーチであちこち墨田区を歩いたのだが、墨田区の特集を予定していると言うと「角田さんって知ってる?街のことなら彼女が詳しいよ」とオススメされたり、行った場所に飾ってある絵を描いていたのが角田さんだったり、直接お会いする前からなんだかすっかり親しみを抱いていた。

居間から外を眺めた風景。京都のお寺の額窓、とまではいかなくても通りすがりの人や四季の空気感が額の中の絵のように見える素敵な小窓。

さてさて、画家としての角田さんも気になるけれど今日は「リノベーションを手がける不動産屋さん」としての話を聞きに来たんだった。

待ち合わせをしたのは角田さんがリノベーションをし、今はレンタルスペースとして貸し出している木造の長屋「ウラダナ」だ。

昔の家らしく、小庭の窓が道に面していて、例えばちゃぶ台でお茶を飲みながら外を歩いている人と挨拶できるような家だ。

ウラダナは墨田区の京島という場所にある。スカイツリーのある押上駅の一つ隣、曳舟駅から歩いて5、6分。

京島の二丁目から三丁目は度重なる災害にも負けずに昔ながらの町並みが残った場所だそうだ。錦糸町や両国などの碁盤の目の道とは違い、昔のままの細い路地に家やお店が並んでいる。まさに昭和をテーマにした映画に出てくるようなのんびりとした雰囲気。

 

京島のように墨田区の昔ながらの町は道も狭く建物同士も近い。現在の規制では建て替えるのが難しい家もある。また古すぎてそのまま居住するのが難しかったりと貸すのもなかなかにひと苦労。

でも一方で自由に内装を変えられる家に住みたい人や、中身が生活できる程度に綺麗であれば外観はむしろ古い方が好き、という人もいる。

角田さんはそんな大家と借り手の思いを“リノベーション”を通じてつないでいる人だ。

 

ウラダナも、元は少々朽ち始めた古民家だったそうだ。それを職人さんとともに元の良い雰囲気も残しつつ、住み心地がよくなるように再生した。正直、外観を見たときは地震など耐えられるのだろうかと思ったが「それが案外大丈夫なのよ」と。もちろんリノベーション時に耐震補強も行っているが、昔ながらの建築の頑丈さもあるのだろう。

「近所のひとによるとこの家は昭和5年に建てられたみたいです。今の大家さんのおじいさんが大工さんで、この辺りに長屋を作ったんですって。ほんの少し前までもっと建物が残っていたんだけど、ほとんどが新しい家になっちゃった。残ってるのは数件だけ」

確かに周辺は新しく建てられた現代的な家々が多く、その合間に古民家がポツン。だがそれがかえって古民家の古き良き佇まいを感じさせてくれる。

 

「この辺りは関東大震災で残った場所なんだけど、“消防団みんなで火を消したんだ”とか“布団を濡らして屋根にかぶせたんだ”なんて話をおじいちゃんたちに教えてもらったことも。そうやってみんなで街を守ったほど結束も強くて、この辺りだけの独自のお祭りもあるんです。だからかな、この京島あたりは本当に人間が優しい人が多い気がします。言葉通り「醤油の貸し借り」ができるほど。私自身も墨田区に住んでいるけど周りにこういう家は残っていないからある意味カルチャーショックでした」

 

ウラダナの畳敷きの居間に座って外をぼんやり眺めると、そんな昭和の古き良き姿が何となく想像できる。窓越しにおたまを持ったご近所さんが慌てたふうに“ちょっと醤油切らしちゃって”とお願いしにくる感じ。

畳に座るのもそういえば久しぶりだ。やっぱり落ち着く。長い年月大事にされていたのだろう、飴色になりながらも美しい姿形の調度品も品よく置かれている。

 

ようく見れば長い年月で歪んでしまった柱に補強の柱が添えられていたり、天井を抜いて梁を出したり壁を塗ったりと以前の姿とはだいぶ違うそうだけど、それらの調度品の雰囲気も相まって不思議と昔からこんな家だったような気になった。

「物も家も、昔から古いものが好きなんです。骨董にはそれが過ごした年月や経過があって、そこに惹かれます」。ちなみに角田さんは不動産業に関わる前、骨董屋で働いていたそうだ

  • 01

    01.木造と、沖縄風のレンガ屋根の組み合わせがなんとも言えない風情を醸し出す

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    02.入り口は昔ながらの引き戸。今はこういう土間のある家はほとんどない

  • 03

    03.角田さんがコーディネートした骨董品達。元からそこにあったかのようなしっくり感

  • 04

    04.懐かしの囲炉裏や桐ダンス。どれも丁寧に使われていたのか年月を経ても美しい

  • 05

    05.天井を抜いて梁を出したことにより広い空間に

  • 06

    06.キッチンではなく“台所”と呼びたい雰囲気。

01.木造と、沖縄風のレンガ屋根の組み合わせがなんとも言えない風情を醸し出す 02.入り口は昔ながらの引き戸。今はこういう土間のある家はほとんどない 03.角田さんがコーディネートした骨董品達。元からそこにあったかのようなしっくり感 04.懐かしの囲炉裏や桐ダンス。どれも丁寧に使われていたのか年月を経ても美しい 05.天井を抜いて梁を出したことにより広い空間に 06.キッチンではなく“台所”と呼びたい雰囲気。

小庭の窓にはミニサボテンがずらり。この日ちょうど花を咲かせたサボテンがあった。

街の猫さんにもご挨拶

つなぐ。つながる。つなげる。

角田さんは画家・不動産業のほか「すみだ川ものコト市」の実行委員長としても活動している。ものコト市は毎年墨田区牛嶋神社で開催される手作り市(今年は10月13日開催予定)。

ものつくりをする人と、それに出会いたい人をつなげる市だ。

角田さんはいろんな活動をしているけれど、どれも人と人、ものとものをつなげる仕事だ。また行政もそういった“つなげる、つながる”に対して積極的だそう(ちなみに墨田区のキャッチコピーは“つながる墨田区”)。

「墨田区は行政と住民の距離がすごく近くて、まちづくりにとても協力的。

10数年前から区が主催する後継者育成塾(すみだフロンティア塾)という墨田区内の(工場や会社などの)後継者が集まって勉強会をする私塾が始まったんです。最初は「工場などの中小企業の後継者同士がつながる場」がコンセプトだったようですが、今は自分で事業を始めた人が参加することも。私も“不動産業”として10期生で参加させてもらいました。

その時にいい仲間やいい先輩がたくさん出会えました。今もそのつながりがあって、例えば困ったことがあった時に「これができる人がいますか?作れるひといますか」って連絡が来ると、できる人が手を上げてくれて。そうやってどんどん繋がっていく流れができています」

そうやって街をあげて受け継がれる「ものづくり」の雰囲気に惹かれてか、墨田区ではセルフリノベーションを始めようとする人も多いんだとか。

「壁などは自分たちで塗って、柱などの重要なところは大工さんに頼んだり。そういう時に必要な職人さんを紹介したりもしています。

大家さんもリノベーションに理解のある人がいらっしゃいますし。そうだ! 近くにセルフリノベーションをしたお店が2軒あるから見に行きません?」

と誘われ、歩いて5分ほどのところにある<下町人情キラキラ橘商店街>の方へと歩いた。

この商店街はよくテレビの「東京下町特集」や「下町商店街」などのテーマでよく取り上げられるので、地元民のみならず観光客も訪れる商店街だ。

細い路地にびっしりと惣菜屋や豆腐屋パン屋などが並び、夕飯時ともなればおかずを買いに来る人たちで賑わう。

さて、最初に見に行ったお店は残念ながら定休日だったよう。入り口にはコーヒーと魯肉飯の文字があり、非常に気になるけれど定休日なら仕方がない。後ろ髪を引かれながらも次の店へ。

 

次に行ったのは、実は以前この辺りを散歩中に見かけてずっと気になっていた店だった。

その名も<爬虫類館分館>。ほら、気になる名前でしょ?

入り口からはいい感じの雰囲気が感じられるのだが、その時は何の店かわからず、まあそのうち入ろうかなあと思っていたので思わぬタイミングで入ることができた。

お、美味しそうなオムライスが今日のメニューみたいだ。

「あ、これは水曜日のメニューなんです」

聞けばここは「店長が日替わり、かつ昼夜交代制」というユニークなお店だった。

お店にいた“坊ちゃん”と呼ばれていたオーナー(お店全体は複数人のシェアオーナー制だそうだ)に話を聞くと「築80年くらいの建物なんですが、もともとは確か金物屋だったのかな。道路側は壁だったんだけど、壁を取り払ってガラス窓を作って、入り口にしたんです」と教えてくれた。

そんな説明を受けている間もこっそり“爬虫類”がどこかにいるかとキョロキョロしてみたが見当たらない。何でも響きがよくて名付けた店名だとか。このふんわりゆるい由来もなんだかお店の雰囲気にあっている。

ちなみにここの内装を手掛けたのはウラダナと同じ職人さんだそう。新しくしすぎず、かといってわざとレトロな風でもなく、“日替わりのマスター”たちの毎日変わる顔ぶれもそのまますっぽり包んでくれる温かみ。

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    01.散歩で見かけたときはメニューを見落としていたため、おしゃれなオフィスか花屋さんだと思っていた。

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    02.日替わりマスター達のショップカード。同じ場所に通いつつも毎日違ったメニューが味わえるのはいい。

  • 03

    03.新しく美しくリノベーションするのではなく、街の雰囲気にもあう温かみのあるデザイン。

01.散歩で見かけたときはメニューを見落としていたため、おしゃれなオフィスか花屋さんだと思っていた。 02.日替わりマスター達のショップカード。同じ場所に通いつつも毎日違ったメニューが味わえるのはいい。 03.新しく美しくリノベーションするのではなく、街の雰囲気にもあう温かみのあるデザイン。

シェアオフィスならぬ、シェアカフェ。ランチを食べに来るもよし、コーヒーで休憩するもよし、バーでくつろぐのもよし。どんな気分にも対応していくれる場所があるって心地よいし心強い(とりあえずオムライスは近々食べに行こう)。

ふと窓際のお客さんが気になった。

けん玉を肩からかけるTシャツ姿のお兄さん。

 

「あ、この人がさっき定休日だったお店のオーナーですよ」

もしよかったらお店を見せて欲しい、とお願いすると
「じゃ、先行って店開けてきます」、そう言って商店街をけん玉を肩にかけてスケボーで疾走するオーナー。

それを追いかける私たち。道端で居眠りをしていた猫が、ドタバタと走る人間を見て怪訝そうな顔をする。

 

キラキラ橘商店街のメインストリートから脇道に入ったところに先ほど見かけた「halahelu(ハラヘル)」がある。

音楽関係の仕事をしていた、というオーナーの灰谷あゆむさん。ミュージシャンとして爬虫類館分館に来たのがきっかけで、まずは京島の小さな長屋をリノベーションし<ムームーコーヒー>をオープンさせた。(現在は当時お店をシェアをしていたサテライトキッチンというハーブティのお店になっている)

その物件は「住んでも、お店にしても、改装もOK」というなんとも自由な条件だったとか。

もちろん建築の経験なんてなかった灰谷さんだけど、「なんかできる気がして」と文字どおりセルフで改装を始める(電気系などの専門は除く)。人に聞いたり、自分で調べたりして作り上げた1軒目。

そこで培ったノウハウを元に、同じ通り沿いに2軒目となるhalaheluを作る。それと同時に<ムームーコーヒー>もこちらにお引越し。

そうえいば先程気になった魯肉飯は、<帆帆魯肉飯>というお店が日曜のみここで出店してるものと判明。カフェをベースにしながらも、帆帆魯肉飯のように1DAYのお店が出店したりと、こちらもシェア&コミュティスペースとして機能しているお店だった。

さて、店内はというと土間だったところをキッチンに、小上がりにはいい色の木床が張られ非常に居心地の良い空間が広がっている。セルフリノベーションと言っても“素人の手作り”感は全くなく、素敵な内装に仕上がっている。重ねて言うが灰谷さんは建築の経験もなければどこかに弟子入りもしたことはない。でもなんとなく「ああ、灰谷さんなら作れちゃいそう」という勝手な感想を持った。

 

灰谷さんに墨田区のどこが気に入ったのか聞くと
「墨田区って、なんかゆるいとこがいいよね」とニコニコ。

「内装すごいでしょ、洗面台とかもすごくいいの」と角田さんもニコニコ。

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    01.ドタバタと灰谷さんを追いかける私たちを横目でチラリ。

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    02.キッチンスペース

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    03.小上がりになっている場所にはテーブル席も。

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    04.けん玉の販売もしていた。おしゃれなものが多く、気になる。

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    05.ずっとけん玉をし続ける灰谷さんを見ると、こちらもけん玉がしたくなってうずうず。

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    06.初めて来たひとは、コーヒー? 魯肉飯? けん玉? と、どんなお店か知りたくなるワクワクする入り口。

01.ドタバタと灰谷さんを追いかける私たちを横目でチラリ。 02.キッチンスペース 03.小上がりになっている場所にはテーブル席も。 04.けん玉の販売もしていた。おしゃれなものが多く、気になる。 05.ずっとけん玉をし続ける灰谷さんを見ると、こちらもけん玉がしたくなってうずうず。 06.初めて来たひとは、コーヒー? 魯肉飯? けん玉? と、どんなお店か知りたくなるワクワクする入り口。

親の商売(想い)をついだりとか、ものつくりをしたいとか、そういう人が大好きなの

この日はウラダナ近くの2軒にお邪魔したが、もう少し離れた場所に、角田さんが物件を紹介し、リノベーションに関わったお店が2軒あるそうだ。

「鐘ケ淵に素敵な居酒屋さんがあったんだけど、道路拡幅で建物が取り壊しになってしまったの。でもお店の裏にあったアパートを改装して娘さんがお店を再開することになって。

もう1軒は表装屋(掛け軸などの表装)だった親御さんが工場を移転するときに、そこの娘さんから“自分の得意なことと一緒に合わせて何かできないか”って相談されて。もともとのご商売は他の区でやってらっしゃったんだけど、“墨田区でやんなよーっ”て物件を紹介しました。“親のやっていたこと、想いを引き継ぐ”。こういう思いに触れるととっても燃えるの!」

 

ちなみに後日その2軒にお伺いしたのだが(詳しくは次号、 03 墨田区ワンダーウォール にて記す予定)、そこで
「角田さん?うん、サバサバしてて面白いよ!神輿をみれば担ぐし、気がついたらお酒を飲んで幸せそうに酔っ払ってるし」という角田さん像を聞いた。

あ、これは内緒だったかしら。

でも角田さんと最後に「今度一緒に飲みに行きましょう」と約束したのが嬉しくて墨田区特集の原稿が全て終わったらお誘いのメールをする予定である。

 

どんどん面白い墨田区話が聞けるんだろうと思うので(今回紹介しきれなかった話もいっぱいある)

その話はまたいつか、ううん近いうちに必ず。

Profile

  • 松尾 彩Columnist

    フリーランスのエディターとしてファッションからアウトドアまで幅広い雑誌・ムック・カタログなどで活動。現在はコラムニストとして主に旅紀行を執筆。また猫についてゆるく語る「ネコテキ」を小学館「しごとなでしこ」にて連載中。夫婦料理ユニット「サイトウのゴハン」レシピ担当。

  • 木村 巧Photographer

    1993年茨城県生まれ。在学中より、写真家青山裕企氏に師事。大学卒業と同時に独立。雑誌・書籍・テレビなど幅広いメディアでライブ写真が掲載される。グループ展やTOKYO ART BOOK FAIRなどで作品を発表している。春からURT編集部へ。

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